2012/11/22

映画『希望の国』

ヒューマントラスト渋谷にて『希望の国』を観てきた。
午前中はやい時間帯にもかかわらず、老若男女、様々な人がそれなりに入っていた。

園子温監督の作品は『愛のむきだし』が好きだ。
この映画については観て随分経った後に、園氏の作品だということを知った。

『希望の国』は3月11日のあの福島原発事故を描いた作品ということもあり、
ずっと注目をしていたが、『愛のむきだし』の園監督の作品ということもあり、
個人的には、「観なくてはならない」作品の一つだった。



この映画は、単純に反原発の映画ではないと思う。
切り口によっては印象が変わり、様々に感じ取れるような表現が随所にあった。


個人的に印象的だったシーン。

・最後の海辺のシーン。高線量域から避難してきた夫婦。妻:いずみ(神楽坂恵)は身ごもっている。
何気なく夫:洋一(村上淳)がガイガーカウンターを見ると、1ミリシーベルト以上の数値が表記されている。
不安げな表情を浮かべていずみを見る洋一・・・
近寄っていき、それを伝えるのかと思いきや、何も言わずにそっと妻を引き寄せ抱きしめる。
妻は「愛があれば大丈夫」という言葉を繰り返す・・・

これは様々な見方ができるのではないかと思う。

あれだけ放射能を怖がっていた妻が、近所の笑い物になっていた防護服を捨て、空気の汚染を気にせずにマスクを外し深呼吸し、輝くような笑顔を浮かべている。たとえ線量が高くても、気にせずに、愛と希望をもって生きていければよいではないか・・という見方。
狭い土地に54基もの原発がそこかしこに立ち並ぶ日本・・・そのような国に、もはや安全な土地など無いといえる。どこでも原発事故は起こりうる。それでも、生きていかねばならない・・という見方。

私は後者の意味を感じたが、人によって様々だと思う。


・妻、いずみの放射能に対しての極度な対応。それを心配した洋一は医者から言われる。
「奥さんは放射能恐怖症です」
一方で、医者は放射能の安全性に対して「医者が嘘をついている」と言う。 現実的な危険があるということを認識していながらも、妻の症状に対して「放射能恐怖症」という言葉を当てはめる。

たしかに、あの宇宙服のような防護服、スーパーで購入するもの全てを計測しようとする、
窓を全て塞ぎ寝室にもラップ等を敷きつめる・・その姿は滑稽に見え、病的な「恐怖症」の域なのかもしれない。
でもその姿を笑えない自分がいる。自分も相応に放射能が怖いし、ずっと嫌だと思っている。
検査をしていない食材は口にいれたくないし、それ以前に国の基準(100ベクレル安全)を信じていない。マスクは常につけているし、風向き、近所の放射線量もチェックしている。
あの妻の恰好はいわば、内なる恐怖を「可視化」したものであり、メタファーであると思う。
あのような極端な表現をすることで、既に311以降見えない恐怖と闘い続けている、特に女性・妻達の息苦しさを吐露させ、カタルシスを生む効果を有しているとも。
自分は「放射能恐怖症」と言われた妻のその恐怖がよく理解できた。

「これは見えない戦争なの。弾もミサイルも見えないけど、そこいらじゅう飛び交っているの。
見えない弾が」
いずみの言葉は見事に、現実にある「恐怖」を言い当てていると思う。


矛盾ともパラドックスともおもえる表現の中で、様々な印象や解釈をしながら、311原発事故を再考する。特に、忘却の早い都会の人間には必要な作業だと思われる。

長期間にわたり、福島から電気をもらい、危険なものは地方に押しつけて、湯水のように電気を使い、享楽的な生活を享受してきた、都会の人間にとって、もう一つ必要な作業・・・
それは311原発震災を胸に「刻む」こと。

ラストシーンには、賛否があると思う。
園氏はかつてNHKの番組で「あのラストは確かにきつい」いっていた。
でも、忘れない為、「刻み込む為」に必要なのだと・・・

現実に、2011年3月、あの原発事故の後、酪農家の方や農家の方の自殺が相次いだ。
残された馬や牛、犬や猫達が、餓死や共食い等、壮絶で悲惨な死を遂げた。

私達は映画を見る時に、単にエンターテイメントや、喜びや多幸感ばかりを求めているだけではない。
2時間、暗闇の中でとっぷりとその作品と向き合いながら、自分の問題として考え、感情移入し、胸に刻むということをする。それが映画の仕事であり、魅力であり、私達が映画を見る動機の一つであるとも思う。

『希望の国』は私にとってそういう映画だ。
ラストシーンでのあの衝撃と悲しみは、実際3月11日に現実に起こったものだ。
いや、現実はもっともっと、厳しくて辛く、耐えがたいものだと思う。
自分の今感じている気持ち以上の事を感じた人々が、実際に存在し、今もその苦しみと闘っている。今この時も、明日も明後日も・・・そう考えること感じることが、
私達都会の人間にはもっともっと必要なのではないか。


終始一貫して出てくる、「帰ろうよ」と言う言葉・・
この言葉が全てを物語っていると思う。
帰る場所は、311以前の平和で満ち足りた普通の生活なのか、
心のふるさとのことなのか、
あるいは死の世界のことなのか・・・


認知症の妻:智恵子(大谷直子)への、夫:泰彦(夏八木勲)の応対の仕方は、
とても丁寧に描かれていて好感が持てた。
決して否定せず、言葉をかけて優しく寄り添う。同じ会話を繰り返されても、
言葉遊びを楽しんでいるかのように、大らかに。
そうなるにはきっと茨を踏みしめるような思いをしてきたのだろうと想像する。
いかなる人にも尊厳を忘れない、人間として尊重する姿勢というものの大切さを考えた。

そして、そんな自分を20代と思いこんで可愛らしく微笑む智恵子こそ、
全てを知って、受け入れようとしているのだと・・・


津波の被害も忘れることはできない。
かつての面影を失い、荒れ果て閑散とした街に、何度も行方知れずの家族を捜しに訪れるミツル(清水優)とヨーコ(梶原ひかり)。
そこに二人の子供の姿・・・男の子と女の子がふっと表れ、すっと姿を消すシーンがあった。
一見微笑ましい光景にもみえた。が、あれは、この世の者ではないと、私は感じた。
そういう、あの世とこの世の境目にあるような言い表せない凍てつくような悲しい空気が、
今も被災地にはあるのではないかと思う。
そして、この子供達は、ラストの認知症の妻とその夫の姿にも通じる、伏線ではないかとも感じた。

 一方で、随所に出てくる、食卓で何気に付けられているテレビの映像。
一般家庭ではどこでもみられる風景だろう。
ただ、このテレビの存在が、特に都心において、いかに原発事故や震災が他人事のようにとらわれているか、皮肉に物語っている。
「不安は忘れて、どんどん、食べ、どんどん、頑張りましょう!」
軽快にアナウンサーがうったえ、うんうんとうなずく一般人・・・
そんなテレビを前にして静かに食事を続ける、被災者である老夫婦の姿・・・
そこに漂う空気のその違和感こそ、地方と都心の認識の乖離そのものだと思う。
それは事故により、より顕在化したのに、それを認識し改めようとする人々は少ないと感じる。
皆が同じならそれで、皆が安心と言うならば安心でOK!という空気にそった生き方が良しとされている。
自分と違った考えや行動をする人=異端者への偏見、差別は、こうなると地方も都会も何ら変わりはない。
その偏見・排他意識を生む「装置」の一つが、私はテレビだと思っている。
またテレビというフレームのなかに入る(入れる)ことで、なぜか現実が「非現実化」してしまう不思議。 不気味さ。視聴者の意識を現実から乖離させるのは、テレビの特性とも思える。
それを如実に表しているように感じた。


一緒に見に行ったツレアイが「なんで、希望の国、のなかな?」といった。
「それでも、希望を持って生きていこうよ、いうことではないか?」と返したら、
ツレは「自分はアンチテーゼのように感じる」と言った。
なるほど・・・と思った。この国への、アンチテーゼ。


忘れる・ということがいかに危険なことか。
その危険がどれほどのものか。
忘れるということは、次にまた繰り返すということだ。
戦争も、原発事故も・・・
だからこそ「刻むこと」が大切なのだと、この映画は教えてくれる。

タイトル一つをとっても、意見が分かれる。
ましてや、原発事故の映画。土地や、立場、性別、年齢、観る人の価値観などで様々な解釈がなされ、物議が生まれ、賛否させることだろう。
それこそが、今必要なのではないか?
それこそ、この映画が投げ掛けているものではないだろうか。


あるラジオでの園氏のインタビューでは、こうも聞いたことがある。
「原発の映画と言った途端に、スポンサー候補が蜘蛛の子散らすように去っていった」と・・・
事故以前ならまだしも、悲惨な事故をおこした当事者である現在であってもこの有り様なのか・・。耳を疑った。なんて残念なことだろう。
原発の闇は、底がみえない程に、深い。


その中で一筋の光・・「希望」といえば、やはりこの映画のことだろう。
わたしはあまり日本映画は好まないけれど、
日本の映画にはまだ「希望」ある!、そんなふうに思えた作品だった。


様々な圧力や逆風に耐えながらも?この映画を取って下さった園子温監督に感謝します。
そして特に都会の人々に、1人でも多くこの作品を見てもらいたい。
存分に感じ、話し合い、胸に刻んで欲しい。
後世に、こんなことがあったのだと、語り継いで欲しい。
なにより、3月11日あの日に起こったこと、
そして今も・・・未来永劫ずっと続く放射能汚染についても、忘れてはならないと思います。

『希望の国』公式サイト













2012/11/06

幸せとは。

幸せの指標はどこにあるのか?
どこにおくべきなのか・・・
このところ、よく考える。

仕事でバリバリ、キャリアを積んでいく人は、仕事が、
子供を持つ人は、子供が、
人とのつながりが大切な人は、人とのつながりが、
それぞれ、生きがいとなるのだろう。

中にはお金そのものが、幸せの全てだ・という人もいるだろう。

価値観は人それぞれだけど、
自分は特に、何もないと感じる。
朝もやのなかにいるような、ぼんやりとした空気感。
執着するものはあまりない。
しかし、しいて言えば、二匹の愛猫達だろうか。

だけれど、命あるものはやがて無くなる。

形ある物も、いずれは無くなる。
お金も、物も。

人でさえそのつながり=関係は、立場や思想・ライフスタイルの変化によって、
自然と疎遠となったり、
何かのはずみで断ち切られることもある。
ましてや人も命そのもの。命はやはり、いずれは無となるものだ。
そう思うと、「形あるもの」を幸せの指標や心のよりどころにするというのは、
いささか不安定であり、危なっかしいことではないか・と自分は感じてしまう。

しかし、一方で、「思い出」はなくならない。
一緒に過した日々の記憶も、それらとともに幸せを感じた日々の記憶も。
時を重ねるごとに、体験した時の一片一片が、
記憶の中で何層もの知層となって、蓄えられていく。
そしてそれらは何処にある?

自分の中にある。


・・そう思うと、結局は、自分を最良の友とし、
自分自身に価値を置き、
自分が自分の幸せの指標となることが、本来は望ましいことなのかもしれない。


自分の命は自分とともにあり、自分とともに無にかえる。
それは確実だ。
時の記憶とともに、愛する魂と一緒に、
唯一、一緒に旅立てるもの・・
それは、自分だけだということ。
それは真実だ。


もっと自分を大切に、生きることが肝心だと思う。

自分を大切に生きるとはどういうことだろうか?

自分にとって大切なものとは何だろうか?


また、暗闇の静寂の中、
ぼんやりとした、堂々巡りの自問自答が始っていく・・・

こうして、夜が更けていく。