繊細な点描で描いたヤマトシジミ(大和小灰蝶)
シジミチョウはどこにでもいる、一見地味な小さな蝶だ。
けれどもライトブルーの翅を広げ日光浴をしている姿はとても美しく、楽し気に両翅をこすり合わせてクリクリと動かす姿は他の蝶にはない愛らしさがある。
地表近くを光の瞬きのように軽やかに舞う姿も美しい。
幼虫はカタバミを食草とし、成虫もその黄色い花に誘われてよく蜜を吸っている。
2024年1月31日、最後のシジミチョウが旅立った。
羽化してから1カ月ほどだった。仲間は20頭以上育った。
朝方、ハチミツ水の近くで口吻をシュルシュルと出しているので、よっこいしょとハチミツ水をふくんだティッシュの上に移動させると、おいしそうに飲んでいた。
しかしそのままの姿で、お昼過ぎには青い空へと帰って行った。
いつものように、静かな蝶の死だった。そして心がじわりときた。
シジミチョウとははじめて一緒に年を越して、小さなケースの中で日光浴をしていた姿が愛らしかった。
寂しさが迫ってきたせいだろうか、彼らのことを書いておきたいと思った。
シジミの卵ループに入る
カタバミの鮮やかなグリーンにポチっと産み付けられるこの蝶の卵はとても小さいが、慣れてくると容易く見つけられるようになる。
私はシジミチョウの幼虫が好きだ。ぽってりとしていて、丸々太ったフォルムが草餅のようで、なんともかわいくて。また葉っぱをゆっくりムニムニと食べる姿も味がある。
孵化したての幼虫は本当に極小で、肉眼で確認するのは困難、ルーペを使って観察するのだが、それでも見つからないことも多く、小さなケースに食草を用意したら、数日経った頃に幼虫を間違ってつぶさぬよう、また捨ててしまわぬよう、注意深く見ながら糞などの掃除をする。
その食草だが、カタバミはどこにでもあり、家のプランターにもこぼれ種でどんどん増えていくので、採集は難しくない。しかし、取ってきたカタバミに新たな卵が必ずと言っていいほどついてくる。その卵もぞんざいにできずに育てることになる。それが繰り返されて、最初3匹ほどだった幼虫が、秋の終わりには20匹以上になっていた。
成虫のお世話は難しい?
幼虫もそのうち小さな蛹となる。スリッポンに似たような形で転がったままなる子もいるし、蓋の上でなる子もいる。面白いのは二匹で寄り添そうように蛹になる子たちもいることだ。
まだ暖かさの残る秋の初めは成虫になればそのまま放蝶し、次の世代へと夢を託す。
ただ晩秋も冬の足音が近づく頃、12月にもなると外には出せなくなってくる。
冬、ルリタテハやキチョウなど成長で越冬する種もあるが、シジミチョウは成虫では越冬できない。
去年は12月末に羽化した2匹と年を越すこととなった。
これまでやはり同じように冬に羽化したアゲハやツマグロヒョウモンのお世話をしてきたが、シジミチョウは初めてだった。
問題はゴハンをどうやってあげるのか。
ツマグロヒョウモンはとても飼いやすく、前脚にハチミツ水を近づければシュルシュルと口吻を出して吸ってくれる。
アゲハはツマグロヒョウモンのように自動的に吸ってはくれないので、ちょっと工夫が必要だった。最初のうちは翅をそっとつまんで体を固定し、丸まった口吻を楊子でまっすぐにしてハチミツ水に近づけなければならなかった。これが毎回、結構難儀だった。慣れてくるとハチミツ水を近づければ口吻を出して食事してくれる場合もあった。
さてシジミチョウは?
まさかあの小さな体をいちいちつまむなんてできないし、口吻は肉眼でみるのも難しい。
試しにツマグロヒョウモンにやるようにティッシュに含めたハチミツ水を近づけてみたが、パタパタと逃げるだけで自分で吸う気がない・・・。
いろいろと調べてみると、ケースの中に餌場を設ければ自分で吸ってくれるらしい。
本当だろうか?
中には外で草花を摘んできて吸わせているという記事もあったので、かろうじて咲いている小さな菊の種類の花やハルジオン、育てているビオラなどを摘んできてケースの中にいれてみた。
お日さま、そして暖かいのが好き
大きめのケースを用意し、蓋の隙間から出てしまわないようにガーゼで保護(過去に脱走歴有)。
そこにペットボトルのキャップにハチミツ水を染み込ませたティッシュを水分ヒタヒタ加減で数個用意。摘んできた花々も小さな花瓶に入れて設置。
しかしシジミは、しばらく見ていても一向に吸う感じがなく、動こうともしない。
どうやら光と気温が関係しているらしい。
そこで、まずは飼育ケースを温風で少し温めてみた。するとケースの温度上昇とともにシジミもハタハタと動き出した。
飛んだり跳ねたりすると偶然にペットボトルキャップのハチミツ水に着地する。そこで気が合えば蜜を吸うということらしい。
光も大好きなので、日光浴をさせるのがベストだった。光に合わせて翅を広げる美しい姿をゆっくり観察できたのはありがたかった。
温度も上昇して動きやすくなるし、光に誘われて元気に飛び回る。
その間に蜜を吸うことも覚えて、私が目視できなくても彼らは食事をしてくれているようだった。
そして工夫を凝らしながら生活しつつ、2週間、3週間と時が過ぎていった。
4週間くらい経った頃、ついに先に羽化した一頭が空へと帰り、ケースの中は少し寂しくなった。
冬も一層厳しくなってきて、小さな菊もハルジオンもとうとう姿を消してしまった。
小さなビオラや香りのよいネメシア、購入した小菊などでシジミを退屈させないようにして?、蜜もこれまで通り用意した。
雌のシジミはとうとう色が褪せ翅先もボロボロになってしまったけれど、最後まで元気に暮らしていた。
かくれんぼが上手で、花と花の間でどこにいるのかわからなくなり、焦ったこともあった。
餌場を覚えて自分で食事してくれるシジミチョウは、確かに飼育しやすい蝶であったといえる。
ただどの子にもいえるのは、やはり青空と太陽が一番似合っているということ。
外では一瞬にして命を落とすこともあるかもしれないけれど、それでも健気に、遥かに大きな世界へ旅立つ姿はこの上なく神々しい。
私には到底できないことを彼らは小さな体で、ずっとずっと繰り返している。
その命の輝きが本当に眩しいくらいだ。
そうした彼らが舞う空の青さを、地上の尊さを、けして忘れてはいけないと思う。
宝物はすぐそこに、いつでもそばで輝いている。
その光の一粒でも、ペンとインクで描けたら…。
それが今の私の夢だ。