2012/11/22

映画『希望の国』

ヒューマントラスト渋谷にて『希望の国』を観てきた。
午前中はやい時間帯にもかかわらず、老若男女、様々な人がそれなりに入っていた。

園子温監督の作品は『愛のむきだし』が好きだ。
この映画については観て随分経った後に、園氏の作品だということを知った。

『希望の国』は3月11日のあの福島原発事故を描いた作品ということもあり、
ずっと注目をしていたが、『愛のむきだし』の園監督の作品ということもあり、
個人的には、「観なくてはならない」作品の一つだった。



この映画は、単純に反原発の映画ではないと思う。
切り口によっては印象が変わり、様々に感じ取れるような表現が随所にあった。


個人的に印象的だったシーン。

・最後の海辺のシーン。高線量域から避難してきた夫婦。妻:いずみ(神楽坂恵)は身ごもっている。
何気なく夫:洋一(村上淳)がガイガーカウンターを見ると、1ミリシーベルト以上の数値が表記されている。
不安げな表情を浮かべていずみを見る洋一・・・
近寄っていき、それを伝えるのかと思いきや、何も言わずにそっと妻を引き寄せ抱きしめる。
妻は「愛があれば大丈夫」という言葉を繰り返す・・・

これは様々な見方ができるのではないかと思う。

あれだけ放射能を怖がっていた妻が、近所の笑い物になっていた防護服を捨て、空気の汚染を気にせずにマスクを外し深呼吸し、輝くような笑顔を浮かべている。たとえ線量が高くても、気にせずに、愛と希望をもって生きていければよいではないか・・という見方。
狭い土地に54基もの原発がそこかしこに立ち並ぶ日本・・・そのような国に、もはや安全な土地など無いといえる。どこでも原発事故は起こりうる。それでも、生きていかねばならない・・という見方。

私は後者の意味を感じたが、人によって様々だと思う。


・妻、いずみの放射能に対しての極度な対応。それを心配した洋一は医者から言われる。
「奥さんは放射能恐怖症です」
一方で、医者は放射能の安全性に対して「医者が嘘をついている」と言う。 現実的な危険があるということを認識していながらも、妻の症状に対して「放射能恐怖症」という言葉を当てはめる。

たしかに、あの宇宙服のような防護服、スーパーで購入するもの全てを計測しようとする、
窓を全て塞ぎ寝室にもラップ等を敷きつめる・・その姿は滑稽に見え、病的な「恐怖症」の域なのかもしれない。
でもその姿を笑えない自分がいる。自分も相応に放射能が怖いし、ずっと嫌だと思っている。
検査をしていない食材は口にいれたくないし、それ以前に国の基準(100ベクレル安全)を信じていない。マスクは常につけているし、風向き、近所の放射線量もチェックしている。
あの妻の恰好はいわば、内なる恐怖を「可視化」したものであり、メタファーであると思う。
あのような極端な表現をすることで、既に311以降見えない恐怖と闘い続けている、特に女性・妻達の息苦しさを吐露させ、カタルシスを生む効果を有しているとも。
自分は「放射能恐怖症」と言われた妻のその恐怖がよく理解できた。

「これは見えない戦争なの。弾もミサイルも見えないけど、そこいらじゅう飛び交っているの。
見えない弾が」
いずみの言葉は見事に、現実にある「恐怖」を言い当てていると思う。


矛盾ともパラドックスともおもえる表現の中で、様々な印象や解釈をしながら、311原発事故を再考する。特に、忘却の早い都会の人間には必要な作業だと思われる。

長期間にわたり、福島から電気をもらい、危険なものは地方に押しつけて、湯水のように電気を使い、享楽的な生活を享受してきた、都会の人間にとって、もう一つ必要な作業・・・
それは311原発震災を胸に「刻む」こと。

ラストシーンには、賛否があると思う。
園氏はかつてNHKの番組で「あのラストは確かにきつい」いっていた。
でも、忘れない為、「刻み込む為」に必要なのだと・・・

現実に、2011年3月、あの原発事故の後、酪農家の方や農家の方の自殺が相次いだ。
残された馬や牛、犬や猫達が、餓死や共食い等、壮絶で悲惨な死を遂げた。

私達は映画を見る時に、単にエンターテイメントや、喜びや多幸感ばかりを求めているだけではない。
2時間、暗闇の中でとっぷりとその作品と向き合いながら、自分の問題として考え、感情移入し、胸に刻むということをする。それが映画の仕事であり、魅力であり、私達が映画を見る動機の一つであるとも思う。

『希望の国』は私にとってそういう映画だ。
ラストシーンでのあの衝撃と悲しみは、実際3月11日に現実に起こったものだ。
いや、現実はもっともっと、厳しくて辛く、耐えがたいものだと思う。
自分の今感じている気持ち以上の事を感じた人々が、実際に存在し、今もその苦しみと闘っている。今この時も、明日も明後日も・・・そう考えること感じることが、
私達都会の人間にはもっともっと必要なのではないか。


終始一貫して出てくる、「帰ろうよ」と言う言葉・・
この言葉が全てを物語っていると思う。
帰る場所は、311以前の平和で満ち足りた普通の生活なのか、
心のふるさとのことなのか、
あるいは死の世界のことなのか・・・


認知症の妻:智恵子(大谷直子)への、夫:泰彦(夏八木勲)の応対の仕方は、
とても丁寧に描かれていて好感が持てた。
決して否定せず、言葉をかけて優しく寄り添う。同じ会話を繰り返されても、
言葉遊びを楽しんでいるかのように、大らかに。
そうなるにはきっと茨を踏みしめるような思いをしてきたのだろうと想像する。
いかなる人にも尊厳を忘れない、人間として尊重する姿勢というものの大切さを考えた。

そして、そんな自分を20代と思いこんで可愛らしく微笑む智恵子こそ、
全てを知って、受け入れようとしているのだと・・・


津波の被害も忘れることはできない。
かつての面影を失い、荒れ果て閑散とした街に、何度も行方知れずの家族を捜しに訪れるミツル(清水優)とヨーコ(梶原ひかり)。
そこに二人の子供の姿・・・男の子と女の子がふっと表れ、すっと姿を消すシーンがあった。
一見微笑ましい光景にもみえた。が、あれは、この世の者ではないと、私は感じた。
そういう、あの世とこの世の境目にあるような言い表せない凍てつくような悲しい空気が、
今も被災地にはあるのではないかと思う。
そして、この子供達は、ラストの認知症の妻とその夫の姿にも通じる、伏線ではないかとも感じた。

 一方で、随所に出てくる、食卓で何気に付けられているテレビの映像。
一般家庭ではどこでもみられる風景だろう。
ただ、このテレビの存在が、特に都心において、いかに原発事故や震災が他人事のようにとらわれているか、皮肉に物語っている。
「不安は忘れて、どんどん、食べ、どんどん、頑張りましょう!」
軽快にアナウンサーがうったえ、うんうんとうなずく一般人・・・
そんなテレビを前にして静かに食事を続ける、被災者である老夫婦の姿・・・
そこに漂う空気のその違和感こそ、地方と都心の認識の乖離そのものだと思う。
それは事故により、より顕在化したのに、それを認識し改めようとする人々は少ないと感じる。
皆が同じならそれで、皆が安心と言うならば安心でOK!という空気にそった生き方が良しとされている。
自分と違った考えや行動をする人=異端者への偏見、差別は、こうなると地方も都会も何ら変わりはない。
その偏見・排他意識を生む「装置」の一つが、私はテレビだと思っている。
またテレビというフレームのなかに入る(入れる)ことで、なぜか現実が「非現実化」してしまう不思議。 不気味さ。視聴者の意識を現実から乖離させるのは、テレビの特性とも思える。
それを如実に表しているように感じた。


一緒に見に行ったツレアイが「なんで、希望の国、のなかな?」といった。
「それでも、希望を持って生きていこうよ、いうことではないか?」と返したら、
ツレは「自分はアンチテーゼのように感じる」と言った。
なるほど・・・と思った。この国への、アンチテーゼ。


忘れる・ということがいかに危険なことか。
その危険がどれほどのものか。
忘れるということは、次にまた繰り返すということだ。
戦争も、原発事故も・・・
だからこそ「刻むこと」が大切なのだと、この映画は教えてくれる。

タイトル一つをとっても、意見が分かれる。
ましてや、原発事故の映画。土地や、立場、性別、年齢、観る人の価値観などで様々な解釈がなされ、物議が生まれ、賛否させることだろう。
それこそが、今必要なのではないか?
それこそ、この映画が投げ掛けているものではないだろうか。


あるラジオでの園氏のインタビューでは、こうも聞いたことがある。
「原発の映画と言った途端に、スポンサー候補が蜘蛛の子散らすように去っていった」と・・・
事故以前ならまだしも、悲惨な事故をおこした当事者である現在であってもこの有り様なのか・・。耳を疑った。なんて残念なことだろう。
原発の闇は、底がみえない程に、深い。


その中で一筋の光・・「希望」といえば、やはりこの映画のことだろう。
わたしはあまり日本映画は好まないけれど、
日本の映画にはまだ「希望」ある!、そんなふうに思えた作品だった。


様々な圧力や逆風に耐えながらも?この映画を取って下さった園子温監督に感謝します。
そして特に都会の人々に、1人でも多くこの作品を見てもらいたい。
存分に感じ、話し合い、胸に刻んで欲しい。
後世に、こんなことがあったのだと、語り継いで欲しい。
なにより、3月11日あの日に起こったこと、
そして今も・・・未来永劫ずっと続く放射能汚染についても、忘れてはならないと思います。

『希望の国』公式サイト













2012/11/06

幸せとは。

幸せの指標はどこにあるのか?
どこにおくべきなのか・・・
このところ、よく考える。

仕事でバリバリ、キャリアを積んでいく人は、仕事が、
子供を持つ人は、子供が、
人とのつながりが大切な人は、人とのつながりが、
それぞれ、生きがいとなるのだろう。

中にはお金そのものが、幸せの全てだ・という人もいるだろう。

価値観は人それぞれだけど、
自分は特に、何もないと感じる。
朝もやのなかにいるような、ぼんやりとした空気感。
執着するものはあまりない。
しかし、しいて言えば、二匹の愛猫達だろうか。

だけれど、命あるものはやがて無くなる。

形ある物も、いずれは無くなる。
お金も、物も。

人でさえそのつながり=関係は、立場や思想・ライフスタイルの変化によって、
自然と疎遠となったり、
何かのはずみで断ち切られることもある。
ましてや人も命そのもの。命はやはり、いずれは無となるものだ。
そう思うと、「形あるもの」を幸せの指標や心のよりどころにするというのは、
いささか不安定であり、危なっかしいことではないか・と自分は感じてしまう。

しかし、一方で、「思い出」はなくならない。
一緒に過した日々の記憶も、それらとともに幸せを感じた日々の記憶も。
時を重ねるごとに、体験した時の一片一片が、
記憶の中で何層もの知層となって、蓄えられていく。
そしてそれらは何処にある?

自分の中にある。


・・そう思うと、結局は、自分を最良の友とし、
自分自身に価値を置き、
自分が自分の幸せの指標となることが、本来は望ましいことなのかもしれない。


自分の命は自分とともにあり、自分とともに無にかえる。
それは確実だ。
時の記憶とともに、愛する魂と一緒に、
唯一、一緒に旅立てるもの・・
それは、自分だけだということ。
それは真実だ。


もっと自分を大切に、生きることが肝心だと思う。

自分を大切に生きるとはどういうことだろうか?

自分にとって大切なものとは何だろうか?


また、暗闇の静寂の中、
ぼんやりとした、堂々巡りの自問自答が始っていく・・・

こうして、夜が更けていく。








2012/10/24

「その時」を思う。

日増しに寒くなってくる。
猫達とより密接になる季節になった。
寒いと、先住猫のわさびは布団にもぐりこんでくる。
私の腕を枕にしてウトウトしているところは、可愛いというのを超えている。
妹分のくるみも、気が向けば布団にもぐってくる。
この子もまた、私の腕をまくらにして眼を細めていた。
なんという、至福の時間。

猫といるだけで、幸せを感じる。


昨今、SNSの爆発的な人気で、「つながり依存」ともネーミングされた問題が顕在化している現在だが、
猫達のおかげで、以前から風前の灯火だった人とのつながりは、
より一層希薄なものとなってしまった。
が、もともと孤独な性質。この期に及んで言及するほどでもない。
それよりも、猫との時間・・・
幸せと共に、不安でもある、この不思議な空間。

不安というのは、彼女達を失うということについてである。

家で暮らす猫達の寿命は、現在ではおよそ20年生きる子もいるという。
当然、多くの飼い主達は皆、可愛くてしかたのない我が子と20年以上暮らすつもりでいるだろう。
20年生きるという根拠も確証も何もないが、そう信じ込んでいる、私もその一人である。

しかし、されど、20年・・・
私が50にさしかかる頃、彼女たちも老猫となり、様々な問題と向き合いながら、
いずれは私より先に死んでしまうのだろう。
猫達が自分より先に老いて死ぬのは当たり前といえばそうなのだが、
それが受け入れられず、さみしくて不安でたまらないことがある。

生後4ヶ月で失った仔猫のあずき。
アサリからぴょんと出てきて、6ヶ月をともにすごした、カクレガニのピノ。

彼らを失った時の痛み、悲しみ、苦しみは今でも時折、
フラッシュバックしてくる。
そして、この手でもう一度抱きしめたい、会いたい・と強く思い、
叶わぬ願いに、また涙する。
それは、時間と共に、さらに濃い痕跡となって、私の脳裏に刻まれていくようだ。

我が猫の小さな背中に耳を当てると、
トットットットっと、心臓のせわしない鼓動が聞こえる。
そんなに生き急がないでおくれ・と思う。

猫達の誕生日が来る度に、会えてよかった・生まれてくれてありがとう、
という思いと共に、
もう年を重ねないでおくれ・と思う。

私よりも先に逝かないで、
ずっとそばにいておくれ・・と思う。

人は歳をとっていくにつれ、風貌も少しずつ変っていき、
生き方や思想、人間関係など様々なものを変化させ、
紆余曲折ながらも、人生をじっくりと円熟させていく。

しかし猫達は、ライフスタイルを大きく変化させることもなく、
太陽を追いかけるように日向ぼっこをしながら、夜は狩ムードで気の向くまま遊んだりというような、基本的ルーティンワークを保ちながら、
その可愛いままの姿で、幼い子供のような愛らしい無邪気なままの魂で、
突然、旅立ってしまう。
だから、この手からこぼれおちてしまう瞬間が、
想像以上に痛ましく、悲しく、切ないのだ。

生きているうちから、このように、死のことばかり、失うことばかり考えているのは、
他の生き物からしたらそうとう、滑稽だろう。
猫達に自由と余裕を感じるのは、そうした影を感じないからだろう。


なにより一番恐れているのは、彼女達を失うことにより、
傷つく「自分自身」ということには気づいているし、それはなんとも情けないことだと思う。

しかし、そうして不安にかられ、恐れる程に、
愛するものを失うということは、辛く苦しいものだというのも、真実だ。


光が差すところに、必ず影はできる。
生きるということは、死を想うこと。
死を想うことで、生きることに真剣になれるということもある。

愛する以上は、「その時」と、向き合わなければいけない。
そして、「その時」後悔しないために、今、愛すべきものを精一杯、大切にすることだと思う。

そう考えると、「今」という時間と空間、
1秒1秒流れる時の音の重みが、一層増してくるようだ。












2012/10/05

食は「命」、動物達は同じ「命」。

朝から、とある二つの報道に、ずっと心が囚われている。

一つは「食品ロス」の問題。
その量、年間500から800万トン。
米の年間生産量に匹敵するという。
賞味期限切れ等で廃棄される食品は、
加工品だけでも年間1200億円にのぼるのだとか。
食品ロスには「流通」「生産地」「消費者」三つの側面がある。
一番多いのは「消費者ロス」ではないかと経済学者はいう。
私達消費者が食べずに廃棄する分が大変深刻な量だということだ。
無駄な買い物はしていないか、冷蔵庫の中をいつも把握できているだろうか・・・
チェックポイントは沢山あると思うが、
ここで大事なのは、日々の食事に関して、
「素材から調理する」というのが大切ではないかと思う。
何が使われているのかわからない加工品は、
「生命」の存在を感じにくい。
毎日食事の際に言う「いただきます」は、
「大切な、尊い命を頂戴します。ありがとうございます。」
という気持ちの表れだと聞いたことがある。
そのとおりだと思う。
が、できあいの物や、加工品ばかりに頼る食卓は、その「命」が見えにくく、
「いただきます」の言葉も、そういう食事からは、ただの記号と化してしまうだろう。
食は身体を作るもの、命に繋がるもの、食は命そのものだ・という意識も、
そこでは芽生えにくいだろう。
そして「食」そのものが、だんだんと蔑ろに、
ぞんざいにされていってしまうのかもしれない。
それはまわりまわって、命の軽視に繋がりはしないだろうか?


そしてもう一つ・・・
動物の殺処分問題。
犬猫合わせて、この国では年間27万頭以上が殺されていくという。
その中には、飼い主の都合や、どうみてもワガママとしか言いようがない理由で、
毎日「動物愛護センター」に、持ち込まれていく。

とある老女のケースが紹介された。
今住んでいる場所では、規則で猫が飼えない・という。
そこで、泣く泣く3匹の、手塩をかけて育てた猫達を持ってきた。
その辺に放るわけにもいかず、どうしようもなかったという。
「この歳の猫は、結局、殺されることになるんですよ」と職員は言う。
持ち込む飼い主たちは何処かで『愛護』という言葉に救いを求めているのだろう。
その言葉により、自分を弁護させようとしているのかもしれない。
しかしそう名付いているどのセンターも、結局は、
全ての猫や犬を終生面倒見てくれるわけではなく、
その殆どが、ガスによって殺されていくのだ。

手塩にかけた猫達が「殺される」と聞かされても、
老女の気持ちは変わらないし、変れない。
そこで職員の最後の言葉が突き刺さった。
「この猫の不幸は、飼えないとわかっていた、その場所で飼われた時から、
始まっていたのかもしれませんね・・・」
厳しい言葉だが、長年飼い主達のありとあらゆる無謀で
無常な振る舞いを多く見てきた方だからこそ、
絞りだされた言葉だったのだろう。
非常に重く、悲痛な響きだった。

その住宅に住んでいたなら、きっと規則も前から知っていたはずでしょう、なのになぜ・・・?
そういう問いも職員からは投げ掛けられていた。
老女の答えは
「ただただ、可愛かった」と・・・

しかし、猫達の運命は、その結末はどうなのだろう?

猫達は、まだ幼い仔猫だったその時、
救われたことを幸せに感じていたことだろう。
やせ細っていたノミだらけの身体を癒してもらい、可愛がってもらい、
お腹一杯食べさせてくれたことを・・・
沢山、遊んでくれたことを・・・

最後に、老女は涙声で、
「今でも未練がある。沢山“遊んでもらった”から・・・」
と手を合わせていた。

 複雑な気持ちになるケースだった。
例えば病気で飼えなくなった、飼い主自身が亡くなってしまった・など、
どうしてもままならないケースもある。
この老女のケースは、老女の立場になって考えることも出来る。
1人身で寂しかったのかもしれない。
“遊んでくれた”という表現に、猫達への敬愛が感じられないこともない。
規則に従わなければ、老女が追いだされ路頭に迷っていたのかもしれない・・・
あの時、仔猫達を面倒見なければ、仔猫達はもっと短命だったのかもしれない・・・

だけど結局、猫達は、「人間の都合」で殺されていく。
生かすも殺すも人間次第、ということになっている、彼らの命・・・
そういう構図自体が許せないし、あまりにも残酷な現実だと思う。


「食品ロス」と「殺処分」、この二つの問題で、共通いているのは、
どちらも命を蔑ろにしているということ。
命を軽視している、または命の軽視に繋がっているということ。
自然や生命すら支配できるという人間のエゴと、
大量生産大量消費・経済利益優先社会の深い闇が根底にある。


「命」に繋がる・・・「命」そのものである食も、我々と同じ「命」を宿す動物達も、
そのシステムの中では商品でしかなく、
利益を生まなければ、不必要とされ、捨て去られていく。

捨てることに慣れてしまっている私達は、
捨てているその食品、その動物達に、
自分と同じ「命」があるということすら、忘れてしまっている。
いや、忘却した方が、心に痛みも感じることがなく、
その方が楽だということを本能的に知っているからこそ、
成るべくして、そうなったということかもしれない。

そうして、人の人による、「人の使い捨て社会」も現実に起こっている。
「戦争」は、その最たるものだと感じる。


人は「とりあえず生きるために、扱いの難しい事は、本能的・生理的に通常の意識から離れた、
遠い倉庫のような場所に、仮置きする」という。
簡潔に言えば、面倒なことは忘れ去る術を持っているということだろうか。
それは必然的な生活の術というか、
それがあるから、日常が普通に営めるということもいえるだろうが、
その影、その闇=忘れ去られた現実のなんと数が多く、悲しい実状の多いことか・・・
それらに臭いものにフタをするように生きている私達は、
私達の社会は、はたして健全といえるのだろうか?

私はそう思えない。
それらの歪は必ず存在し、そうした社会の闇は、
見えなくても隠されていても、心の隅に追いやられていても、
私達の心身の健康に、少なからず影響しているだろうと思う。

今が幸せ・というその時間が、
毎日の異常な大量食品ロスや、動物達の命と引き換えに成り立っているのだとしたら、
果たして本当に、幸せだろうか?
本当に、幸せで平和な社会なのだろうか?

私にはやはり、そうは思えない。









 
















2012/07/19

脱原発ポスター展。After311

【脱原発】私に何ができるだろうか?と昨年の3月11日以降から、
ずっと考えてきた。
そして、今も考えている。

官邸前の抗議行動やデモに参加したり、パブリックコメントを書いたり・・・
私ができることは、とても小さい。
ゾウに立ち向かうアリの心境だ。

いつか、京都大の小出先生がインタビューで、
「音楽でも絵でも何でも、自分のできる形で表現して行くこと。」
それが大事だとおっしゃっていたことが、
今でも胸の奥深くにある。

そして、先日の『さようなら原発 1000万人アクション』では、
様々な著名人が多数参加される中で、
私は個人的に奈良美智さんのお話がとてもこころに響いた。
微力ながらも絵を描くものとして、とても理解できるお話だった。


・・今回、【脱原発ポスター展】への作品の出展は2度目です。
『視覚言語』である絵は、世界の共通語。
なにかが伝えられるのではないか・という願いを込めて描きました。

・・私は日本という国に、とても女性的なものを感じます。
それは母性にも似た、優しさと育みの魂。
時に厳しく、 時にあたたかく包み込む。
絵の中の女性はこの国を表し、豊富な水資源に囲まれた国であるという象徴に、
彼女は人魚の姿をしています。
その美しい身体に、産みつけられた54個の不気味な卵・・・





{2011年3月11日の原発事故で、空や海や大地、自然界に生きる動物達の、
悲しい悲鳴が聞こえた気がしました。
放射性物質は目に見えず、においも無く、味も無い。
けれども、私達の生活や身体や心を、静かにゆっくりと蝕んでいく・・・
不気味で見えない陰におびえながら、
それでも生きていかなければならないこの国の現実を、
自分なりに視覚化してみようと思いました。}

これが、私の想いです。
 そして、精一杯、できることです・・・

この1枚の絵が、誰かのこころの代弁者となることができたなら、
幸いです。








2012/07/18

ピノ

大切なものは、やがてこの手のひらからこぼれおちる。

大切なものが多いほど、失うことへの恐れと悲しみも
それに比例して多くなり、深くなっていくように思う。

だからといって、大切なものが無くては生きていけない。
大切なもの=愛すべき存在があってこその人生だと思う。

愛すべき存在。私にとってはわさびとくるみ・・・猫二匹、この子達であり、
あさりから突然飛び出してきた、ピノという小さなカニであり・・・


5ミリほどの小さな小さなそのカニは、
オオシロピンノという隠れ蟹の一種。
アサリなどの二枚貝と共存しているらしい。
ほとんどの人は、自分達が食しようとしているそのアサリに、
そのカニが生きている事、その存在事態にも気づかないだろう。


でも、ピノは確かに生きていた。
アサリから飛び出した瞬間から、
7月14日のあの日まで、半年間生きていた。
あの小さな小さな身体で、キッチンの小さなシャーレの中で、
ずっと、たくましく、生きていた。

私は食事や洗い物などでキッチンに立つたびに、
ピノに話しかけた。
その愛らしさ、可愛らしさにどんどんと魅かれた。
今まで億劫だったキッチンでの作業が、ピノと会うことで、
楽しくなっていった。
ピノに会うことが、楽しみになっていた。

ピノとのそんな生活はずっと続くだろうと思っていたので、
ピノの飼育日記もつけはじめていた。
1年、2年・・・その命は、ずっと続くだろうと思っていた。

そんな矢先の、ピノの死だった。


7月はカニ座の月。
ピノは、夜空の星のひとつになってしまった。


抱きしめようにも、小指にもあまるほどの大きさだ。
私はピノを、小さな小瓶に入れて、
両手で包みこんで一晩、泣いた。

命や魂に大きさや重さという、物理的な概念はそもそも存在しないのだろうと思う。
ピノの魂は私の中で大きな存在となっていた。
それはカニと人間という種族の壁を越えて、
魂の触れ合いがあったという、何よりの証拠だった。


ピノの最期、私は珍しく海の夢を見た。
美しく広がる、清々しい海であった。
小波の音が優しく聞こえ、それは、幼い頃に見た海岸の風景にも似て、
心を優しく包み込むようであった。
私は、その後、強烈に海に行きたいと思った。
そして、ピノの死があった。


私はこの夢は、この子が見せてくれた、最後のメッセージだったのではないかと思う。
「僕の故郷だよ。素晴らしいところなんだ。」と。

そして「帰りたい」と。

その想いを思うと、私はとても切なくなる。
そして、できることは、彼の生まれ故郷の熊本の海には行けないが、
やはり、「海」に帰してあげることだろうと。


ピノ、今までありがとう。
君がいたから、私の半年間は、なんだかとても、キラキラしていたようだった。

それは水面の輝きのように。






2012/06/07

映画「フード・インク」~安田節子氏・枝元なほみ氏の対談を聞いて

TPP=環太平洋戦略的経済連携協定。
今月にでも野田首相は参加表明をするのでは…という懸念が広がっている。
そもそも、TPPとは何なのか。
まずTPPを推し進めてくる米国(多国籍企業)を知ることから始めたらよいのではないだろうか、
そして米国を知り日本の未来を推測するためのよい参考になると思い、
この映画『フード・インク』を観ることにした。

冒頭から整然と商品の並ぶ、清潔感のあるスーパーが映る。
山積みにされた大量のトマト。
そして「これは、トマトという『概念』を食べているに過ぎない」という
不可思議な言葉が続く・・・

大量消費時代(これも仕組まれたシステムと思う)の効率至上主義にのっとった食の「工場化」。
畜産の飼育場や養鶏場も例外ではない。
今、鶏は従来より半分の日数で育つように改良(操作?)され、49日で育つ。
人は胸肉の部分を好むという。だから、従来よりも胸肉が大きく育つようになっている。
それを「化学技術の成果だ」と手放しに喜んでよいものか?
不自然ではないだろうか?
鶏自身はその急激な成長についていけず、成長した鶏は立とうとして何度もよろけ、
中には骨折するものもあり、悲しいうめき声を上げながら生きたえ、処分される。
鳥たちは太陽の光の届かない暗がりで一生を終える。
大企業に雇われ、借金まで背負った養鶏家は、
圧力に屈して口を閉ざし、多くを語らず、内部の撮影も許されない。
鳥達が寝静まった頃に回収しにくる者達は、これも下層にいる者達ばかり…
それは畜産現場でも同じで、汚れ役はマイノリティや低所得者にまわされる。
ある現場での話では、従業員は「豚」と同様に扱われるという。
「豚はすぐに殺されるから、快適さを考慮する必要はない」
そして鶏も豚も牛も、末端にいる従業員も、虐待されるという…

「豚を命ある者として扱わないということは、私達自身にもふりかかってくることだ」と指摘したのは、
この映画の後、お話をお聞かせ頂いた料理研究家・枝元なほみ氏の言葉だ。
そして思い出すマハトマ・ガンジーの言葉・・・
「国の偉大さ、道徳的発展は、その国における動物の扱い方で判る」


上記場面での下層級の人々の扱いに対して、
ふと原発労働者や、映画「イエローケーキ」でみたウラン鉱山の人々を思い出した。
被曝を強いられる過酷な現場の作業員達・・・
その扱われ方や構図は、畜産現場の人々のそれと酷似しているようにも思えた。


畜産工場の場面では出血性大腸菌0-157についても言及している。
もともと牛は草食であるのを、安価で太らせるため飼料にコーンを与えた結果、
牛の胃袋の大腸菌が変異したのだという。
この牛に五日間牧草を与えれば、大腸菌はほぼ死滅するが、
しかしそれを大企業はやろうとしないという。
そして現在の食の「工場化」は、この菌をばらまくには都合のよいシステムとなってしまっている。

ここで対照的な畜産農家が出てくる。
開放型の牧場を営んでいる。とても清潔感あふれる生き生きとした現場だ。
動物達も命あるものとして大切に扱われている。
しかし政府はこれを「不衛生」な現場というのだという。「開放型だから」不衛生だと…
映画を観る限り、私には工場の方がはるかに不衛生に見えたのだが。

牛達は悠々と歩きながら太陽の下、青々と茂った牧草を食べる。
牛達の糞は、そのまま牧草の肥料となる。
自然な循環がそこで生まれる。持続的なシステムだ。
が、先の畜産工場では、糞尿も垂れ流しである。目もそむけるような画面がそこに広がった。
その糞が0-157に汚染されていれば、汚染が拡大してしまう。
たった一匹の汚染でも、あっという間に広がってしまう。
この状態が衛生的とはとても思えない。
そしてこうした牛の肉が、外食や、私達の食卓にまぎれこむ可能性も十分にありうる…
実際の痛ましい死亡事故も取り上げられていた。
昨今の日本ではユッケ死亡事件が、まだ耳に新しい。


一つの企業が、種からスーパーまで一挙に支配している。
代表的なのはモンサントだ。
TPPでは、遺伝子組み換え食品の表示義務の撤廃が「貿易障壁」とされ、
撤廃される恐れがある。
そしてそれを機に、更なる流入が懸念されている。
米国では既に、遺伝子組換えのコメが開発済みだという。
例えば10キロ1000円のカリフォルニア米が、味もさほど国産の物と変わりなく、
しかも「放射能がない」とうたわれた時、消費者は飛びつくだろう・と
遺伝子組み換え食品、食糧安全問題の専門家・安田節子氏は言う。
「その時が一番、恐ろしいんです」

そこで、最近、近所のスーパーに安価な中国産米が売られていたことを思い出す。
そして、とある新聞の記事でも「輸入米が食べたい人が25%」とがあったり、
輸入米に食指動かす外食産業」、
輸入米:じわり人気…消費者の抵抗感和らぐ」といった記事もあったと記憶している。
最近では「パンの購入額が、コメを抜いた」という記事もあった。
穿った見方ではあるが、TPPの伏線にも見えてくる。
TPPでは関税撤廃で、コメ農家は壊滅的、といわれている・・・



ある家族の場面。低所得者だが不必要に太っている感じがする。
常食は安価で買えるハンバーガー。野菜を買うよりも安くすむ。
しかし夫は糖尿病で、その子供も同じ病気だという。
薬代がまた高価だ。だから生活を切り詰めるために、また安価で高カロリーな食に頼る。
疑問を抱きつつも、そういった負のスパイラルが延々と続く…
肥満はむしろ、低所得者に多いと聞いたことがある。
その原因と流れが改めて、解った気がする。
米国では糖尿病に罹患する人が増えており、
特にマイノリティにおいて、2人に1人が糖尿病だという。
子供も増加傾向だという。
あの「シッコ」でみた自由診療・高額医療社会で、どう病と闘うのだろうか?
低賃金での労働や長時間労働、それが低価格を求め、安くて簡単な食材に頼ることとなり、
それらの不健康な食材のために病に倒れ、今度は薬漬けとなる…
その節々で、大企業にうまく搾取されている。
そんな容赦ない「金儲けシステム」が、負のスパイラルとなって私達にのしかかっているように思えてならない。

ハンバーガーの肉に付着していた0-157で幼い子供を失った母親は言う。
「私達よりも、大企業の方が守られていると感じます」



命の素となる食べ物…、命そのものである食べ物を、
あたかも「工業製品」のようにして扱うその姿に、私は胸を悪くした。
病気を防ぐために投与する大量の抗生物質、
成長ホルモン、赤みを増すための薬剤、
アンモニアで洗浄し「清潔」だとされる肉・・・
特定の農薬に耐性を持つよう遺伝子操作された穀物・・・
そして、次はクローン動物の肉・・・?
いったい、私達は何を食べさせられてきたのだろうか?
これから、何を食べさせられていくのか・・・
そして、1つの企業が種から食卓までを支配する世界。
その危うさ。異様さを、私は今まで知らなかった。疑問にも思わなかった。
それは、今のこの国の原発の真の姿、電力会社の姿とも重なる。

「食がビジネスに汚されてしまった。電気も同じ。同じものが根っこにある。
儲かる仕組みでいたいという…」と、対談で枝元氏は言っていた。


私もかつてはファーストフードをよく利用していた。
カップ麺やできあいの総菜も多く利用していた。
早くて安くて便利な食品。お腹が空けばすぐに満たしてくれるモノ。
夫婦共働きで忙しくても、手ごろに素早く食べれる、優れモノ。
しかし、それらから私はもう長いこと、距離をおいている。
それは、「命=食べ物」だと改めて思いなおし、
その一口が、明日の自分、明日の血の一滴を作っていくのだ・と感じた時からだった。

対談で安田節子氏は
「血の一滴を作るのは、口から食べる、その食べ物です。
そして、どの時期にどんな食べ物をたべればよいかということもあるのです。
食べ物で病も癒せるのです」と言っていた。
先祖代々、受け継がれてきた、日本人の身体に刻まれている「食べ方」。
四季折々の食べ物・食べ方を継承していくことの大切さを語っておられた。
「力のある食べ物が必要。食の力を信じ、大事にしましょう」枝元氏も強く訴えていた。

即席食品やGMO食品、添加物まみれの食材、人工的に操作された食材に、
そういった癒す力や、食本来の持つパワーがあるだろうか?
一時の空腹を満たし、一時の快楽は得られるかもしれない。
しかしそれだけのことに感じる。
私達は、食材の下ごしらえもできない程に、忙しいのだろうか?
ドリンク剤やジェル状の食品で栄養補給して、
さらに走り続けねばならない程、忙しい時間を生きているのだろうか?
もしもだとしたら、上記の食品はそういったシステムから必然的に生まれたといえるのかもしれない。
そして食のあり方を変えるためには、社会そのもののシステムを見据え変化させていくことも不可欠だと強く感じる。

そこで、映画の最後に印象的な文章が綴られる。

「私達には システムを変えるチャンスが 一日に三回ある」

そして、消費者は自分達の真の影響力を知らない・という。
何を選び、何を食べるのか。
1日三回の食卓に、その手の中の「選択」に、私達の未来がかかっているともいえる。
そう思うと、ちょっと希望も湧いてくる。
まだまだ小さくてもやれそうなことがあるではないか。
まずスーパーに行ったら、食材をひっくり返し、成分表示を確かめることからでも、
はじめたらどうだろうか。

私達は無力ではない。
安全な食品を求める権利がある。
そして、その選択が、やがては世界をかえることにもなるかもしれない。
内容は非常にシビアで、辛い場面も多くあったが、
そういう希望を抱ける作品だった。

そしてTPPは食の安全を脅かし、私達の選択肢を奪う危険をはらんでいる。

無料で頂いたこの可愛らしいリーフレットによれば、
「食の安全基準さえ「貿易障壁」とみなし、撤廃を強いる…」とある。

現在、TPPについて(またはGMOや食品添加物等、食の安全についても)
マスコミでは多くを語られず、これからも真の報道は望めないと思う。
だから疑問を持ったことに対して素直に関心を持ち、自分で情報を得ていかねばならない。
自分の無知を知り、知ることから始めることは、今の時代、とても大切で有意義だ。


TPPのことを知る上で、解りやすいHP。
サルでもわかるTPP

「フード・インク」公式サイト












2012/04/19

食は大事

肥田先生の「太陽と共に起き太陽と共に寝る」事が大事だというのは、
いささか極端すぎて、このせわしない社会においてできる訳がない!
という批判もあると思う。
しかし、要するに先祖が一生懸命、多大な犠牲を払って作ってきた免疫の質を低下させるような生活が現代蔓延しているという、一種の警告だと私は受け止める。
その代々受け継がれてきた、高機能で命にとって大事な免疫システムを失うべきでないと。

意味の無い夜更かしや、くだらないテレビの垂れ流し脳内インプット、
よくわからないモノが沢山入っている食品等を避け、
なるべくエスカレーターやエレベーターではなく階段を使ったり、
自動車や自転車に頼らずよく歩く事を心がけるだけでも、
ずいぶんとQOL(生活の質)は向上すると思う。

個人的には、一年程前から、まず基本調味料を見直し、食品添加物をできるだけ避け、
お菓子も自然なものにシフトし、 外食に頼らないという生活を心がけてみた。
すると、今まで酷かった鼻炎や皮膚アレルギー、
偏頭痛といったものが、以前よりも頻度が減り、症状も緩和してきたと感じている。
心もなんとなく、穏やかである。
ストレスの度合いも、仕事三昧の時と比べれば明らかに少ないとは思うが、
食生活を見直すことで、身体が整頓され、クリアになっていく感じがして、
それが精神状態にも良い影響を与えていると思っている。
身体はひとつひとつ、その毎日いただく食物でできており、
食は身体と密接に繋がっている。もちろん、脳や感情にも…
食は「命」そのものでもあるとするなら、
食を大事にするということは、「命」を大事にするということだと思う。

「いただきます」とは「命をいただきます。ありがとう」ということ…
そういう気持ちで、毎日のその一口を始めたい。

2012/04/14

映画「核の傷」

4月7日、いささか緊張と、高揚した気分で渋谷に着いた。
映画「核と傷」が渋谷UPLINKにて上映、そして、元軍医で広島原爆の被曝者でもある、内部被曝問題にお詳しい肥田舜太郎氏の講演が映画鑑賞後に聴けるからだ。

鎌仲監督との共著『内部被曝の脅威』を読んだ。内部被曝に関して非常に解りやすい本だった。
そして、ユーストリーム等でも何回か講演やインタビューの模様を拝見していた。
95歳とは思えないはつらつとしたお元気さ。そして鮮烈で衝撃的な広島原爆のお話・・・
特に、ABCC(アメリカが放射線被害調査の為、広島と長崎に設立した医療機関)のお話はいつ聞いても背筋が凍る。 映画の中でもその事を赤裸々に語られている。

映画の中で肥田氏は、原爆投下はソビエトに対する威嚇と、
「人体実験だった」という。そして証拠の一つとして投下した時間を上げている。
広島市にいる人間が屋外に多くいる時間、それが何時なのか毎日偵察していたという。
そしてそれが朝の8時15分だった・・・
そして原爆投下後すぐにABCCが設立された。

ABCCは、次々と訪れる患者の「調査」はしたが、治療はしなかったという。
治療を行う事は、謝罪に繋がってしまうからだ・と氏は言う。
どういう事が行われたかは、ぜひ映画を観て欲しい。
私は、それを間近に見てきた氏の話と、数々の生々しい映像に、一瞬目眩を覚えたほどだった。
思わず目をつむった瞬間もあった。それほどの衝撃的だった。
氏は言う。
「放射線影響研究所(元ABCC)を訪れる修学旅行生達が「アメリカがここで正義を行った。原爆の被害者をこの施設だけが診察した。」と講義を聞く事が「悲しい」・・・と。

「科学を名乗った権威ある集団が嘘をついたというのが、僕には許せない。」

しかし、そういう歴史が、教科書に掲載され教室で語られるという事は私自身経験がないし、
これからも難しいだろうと、私は感じる。

・・ABCCの話を聞くと、同じ様な事が今日でも行われてはいないだろうか・と不安に思う。
福島で子供達にガラスバッチが配られたり、放射線管理区域(年間5.2ミリシーベルト)に相当する場所での生活を余儀なくされている。首都圏にある高線量域(ホットスポット)であっても、本格的な除線(本質的にはセシウムを移動させるだけなのでい移線だが)もされず、いまだに大勢の人が現状を知らないまま、あるいは知らされないまま、普通の生活を営んでいる。
食品の検査体制もずさんで、たびたび基準値以上(4月からの食品新基準は100ベクレル)のものが出荷・消費されニュースになる。先日も保育園での給食に入っていたシイタケ(1400ベクレル)が問題になっていた。それでも、「視聴率が取れない」とふむのか、または経済界の顔色を見ているのか、まだまだ世論形成への影響力が強いテレビにおいて、食品における内部被曝の影響や脅威についてはことさら語られず、十分な知識や危機意識がいまだに人々に備わっていないと感じる。


・・この映画は2006年にフランス人監督が製作したドキュメンタリーだ。
これを観た後、原爆投下から67年経った今でも、政府の対応が何も変わっていない事を痛感するだろう。
そこで思う事がある。以前YouTubeでみた写真家・樋口健二氏の原発労働者の隠された実態を暴いたドキュメンタリーもイギリスの製作だった。こうした骨太で勇気ある作品が民放レベルで作成され放映されるようになれば、この国のあり様も、人々の意識も、もう少し変わるような気がしてくる。



映画「核と傷」公式サイト





 

2012/04/11

『脱原発ポスター作品集』届きました。

「脱原発ポスター作品集」が届きました。
脱原発ポスター展



脱原発・エネルギーシフト・省電力等、
原発・核、電気やエネルギーをめぐる様々なテーマで、
各国のクリエイターがポスターを作成し、個性豊かな作品が掲載されています。

脱原発ポスター展】に投稿された作品は現在で1400点以上・・・
願いは一つの、多種多様な優れた作品がここに集結しています。
時に、そのデザインや画力に見惚れ、
またセンスにハッとし、感心したり、
同じ思い・願いに、勇気づけられます。


・・私も、デモに参加する事以外に、
自分の力でできる事は何かないか・・・と悩んでおりました。
そんな時に、このサイトと出会い、
自分ができる事=絵を描く事で、2011年3月11日にこの国に起こった事、
以後、進行している事、
私を含む人々の苦悩や悩み、
そして願いを表現し、少しでも伝えて行く事ができるかもしれない・と思いました。
そして、微力ながら、「核の無い世界を・・」という一途の思いを託した作品を投稿させて頂きました。
そして、今回発売されたこちらの作品集にも掲載して頂きました。
感謝しております。


・・先日、自分の作品がとある脱原発アクションで使われているのを見ました。
とても嬉しく思い、なんだか胸が熱くなりました。
こうして、自分の作品が誰かのお役に立てるとは思いもよらなかったです。
今後も、イベントやデモ等で、ぜひ使って頂きたいと思います。


※『脱原発ポスター作品集』は現在、アマゾンにて購入できるようです。
2000部限定なのでお早めに・・・
素敵な作品たちと出会い、語らい、思いを深めて頂ければ・と思います。







2012/03/28

映画「イエローケーキ ~クリーンなエネルギーという嘘~」

『イエローケーキ』
“天然のウラン鉱石を精錬して得られるウランの黄色い粉末のこと。
これが燃料棒のもととなり、燃料棒が束ねられたものが原子炉の中で核分裂して熱を生み、
発電機を回す。”


原発のいわば川上、世界各地のウラン鉱山の実態が映し出される。
ドイツ、ナミビア、カナダ、オーストラリア・・・
映画をみて終始一貫して感じたことは、
大企業の秘密主義、権力主義、根拠のない万能感(安全神話)、
そして、金、金、金・・・。
差別的なものも多く感じた。被曝労働そのものが、差別的とも言えるのかもしれない。
そして、採掘に携る人々には一様に、ウランとは何なのか?
被曝とは何なのか?健康への影響は?本当に安全なのか?これらの情報、
とにかく、命にかかわる情報が(意図的に?)殆ど伝えられていないと感じた。

ナミビアの鉱山で働きながら、大学の勉強をする若い女性は、
地元で病気が蔓延しているという。汚れた粉塵のせいだと。
そして、自身の被曝はどれほどのものか知っているか・と問われた時に、
長い沈黙の末、「よく知らない」と語った。
その目には、不安とも戸惑いともいえる寂しい色がさしこんでいた。

カナダ北部のウラニウム市は鉱山と共に栄えた街。
絵のような美しい町だったという。
「失業者もホームレスもいない。どこか非現実的だった。
人工的な町だったけど好きだった。」
かつて住民だった女性は語る。
当時、街の住民は、自分の夫や父親が鉱山で どのような仕事をしているのか、
妻も子供も知らなかった。
その内容は秘密厳守で人々の口から固く閉ざされていたという。
200キロ離れた場所で、ウラン含有量が20倍の鉱床がみつかったとたんに、
街は衰退し、死の街と化した。
先の女性の話がふっと頭にリフレインする。
「どこか非現実的・・・」。幻想的ともいえるのだろうか。
一瞬にして消え去る儚い夢のような、
それは、核がもたらす破滅的な世界と似てはいないだろうか。
原子力発電所が1回事故を起こせば、広大な土地が失われる。
多くの人々の生活が一瞬にして奪われる。
いわば川上にあるウラン鉱山と、川下にある原子力発電所、そして核兵器。
推進派は「豊かさを与える」とか「未来に繋がる」とか、甘い言葉を豪語するけれど、
最終的にもたらすものは一緒・・・それは、深い闇と「虚無」だと感じた。

この街を再生すべく、あらたに土地の調査に関わる若い女性達。
女性というより少女だ。
彼女達はこの街で再びウランが出ることを証明するという。
そして素手で鉱石を拾う。
「触っても平気?」と聞かれ、「慣れているから」と答える。
「安全じゃなかったら触るのは禁止されるはず。」
彼女達は、放射線が女性に及ぼす影響を教えられていないのだろうか。
放射線は、「慣れる」ことでその被害を免れるとは、
素人の私でも到底、思えない・・・
企業や推進側にいいような情報だけを提供され、
鵜呑みにしているだけではないだろうか。
それとも、知ること事態を拒んでいるのだろうか。

人は見たいものだけを見る・という。
自分の目指す目標を妨害する情報には、目をつむり耳をふさぎ、口を閉ざすだろう。
それを推進側もよく知っている。
だから、危険な情報は出してこない。
危険な情報が出てこないなら、安心なのよ・と、関わる人々も思いたい。
そこには双方、強いバイアスがかかっていると思う。
そしてそういう歪んだ構図で、なりたっている世界にも思う。

ナミビアの現地人達も、ドイツのウラン鉱山で働く者達も、
ウランとは何なのか、被曝とは?健康被害は?という情報がほとんどないまま、
自分がどれほど被曝しているのかも、知らされないまま、
舞い上がる粉じんの中を、ラドンが蔓延する中を、長期にわたり、働き続けた。
元採掘員のドイツ人男性は肺癌を患った。
ナレーションがこう語る。
「東独じゅうから集まった作業員にウランの知識はなく、
昔から伝わる炭鉱夫の話も知らなかった。
謎のれき青鉱の話だ。死の危険をもたらすとされた鉱物。
200年前、ベルリンの化学者がれき青鉱から発見した物質がウランである。
現代の鉱員には正体は知らされていない。」
そして、こう続く。

「無知こそが嘘のはびこる土壌を作る。」

人は知ろうと思えば知ることができる。そうしたスキルも能力も、ツールもある。
では、 無知人間の鋳型は、いったい誰がつくっているのか?
知ること、知ろうとする気力を奪うものはいったいなんなのか?
私はそこにいつも疑問を感じる。 
ここ日本でも、いまだに食品の新基準やベクレルを知らない人間がいる。
事故が収束したと思って、原発は安全だと思っている人がいる。
日本にも、無知人間を作る鋳型が存在している。


オーストラリアの先住民は気高かった。
先祖からの土地をずっと守り抜いていこうとしている。
相手は資金の豊富な巨大企業。
土地を狙う男達からは人種差別的な言葉も聞こえた。
そして彼らは言う。ウラン鉱山は「国家の利益」。

推進者の言う豊かさと、先住民の願う豊かさは根本的に何かが違う。
質が違う。
それは持続可能な社会なのか、次の命を育む自然か。
核は生命そのものを脅かす。次のそのまた次の世代まで、
未来永劫、負の影響を及ぼすかもしれない。
それらが放つ放射線10シーベルトで、人は100%死に至るといわれている。
それらが本当に「豊さ」を生み出すのだろうか?
死と生は常に密接に繋がっていると思うが、それは自然界での話だと思う。
命つきた身体をバクテリアが分解し、それを養分として新たな芽が萌える世界のことだ。
核にそのような世界が望めるのだろうか?
託せるのだろうか?
疑問だ・・・

オーストラリアでひたすら自分の土地を守る男性は言う。
「なぜ、この美しい土地を掘り返す?私達はこの土地から食べ物を得ていた。
何でも与えてくれる土地だ。
私達はここで生きる。汚れなき環境で生き、きれいな水を飲みたい。」
彼は世界一の金持ちになる事を拒否したという。


パンフレットの冒頭にホピの予言がある。
「母なる土地から 心臓をえぐり出してはならない
それは灰の詰まった瓢箪と化し やがては世界を破滅に導く」

知っていたのだろうか、ウランの存在を。人間がそれに強く魅かれることを。
消せない炎がやがて灯され、多くの人々がその炎に翻弄され、焼き殺されていくことを・・・


渋谷の街は、まるでなにもなかったかのように、
光が煌々とし、人々は自由気ままに闊歩している。

私は、その街を漂う無数の人の群れが、いつしか巨大魚に喰われようとする、
海中の小魚の群れに見えてきた。
私もそのなかの、一匹の小魚だ。
私の中にも、福島原発事故の核の残骸が入り込んでいることだろう。
被曝の脅威など、放射性物質のことなど、知らなければ知らずに済む、それが核の世界だ。
今でもマスコミやマスメディアの情報では、それらについての十分な知識は得られなくなっている。
テレビや新聞だけに頼っていれば、知ることはない。
知らなければ、笑って過ごせる。好きなものが遠慮なく食べれる。好きな場所に寝転べる・・・
しかし、それでいいのだろうか?
知ろうと努力すればいくらでも知り得る素晴らしい情報化社会にあって、
人はなぜか逆行している様にも思える。
それは、ウラン鉱山の周辺の人々の精神構造とも似ていて、
日々の生活を一挙に握られ、それがないとダメなように思いこまされ、
権力や情報操作等によって巧みに仕掛けられた強いバイアスが、意識下で作用し、
思考停止に人々を陥れている気がしてならない。

知るということは、特に隠蔽されるような重要な問題ほど、
時間と努力と忍耐と、自分で考える思考力が必要だ。
そして、勇気も必要だ。
それらができて始めて、この情報隠蔽・操作と、情報化社会という混沌の荒波で、
人は自分の1回きりの生を、自分主体で航海できるのだと思う。
映画「イエローケーキ」で登場した、
オーストラリアの先住民族にみる気高さ・崇高さを、
知るという「勇気」を持つこと、
自分の頭で考えること、そして選択し、自分主体で生きて行くということ・・・
そこに感じはしないだろうか。


映画「イエローケーキ」渋谷UPLINKにて。

2012/03/15

映画「プリチャチ」

余計な音楽も演出も無く、ただひたすら静寂したモノクロの世界が続いていく。
そこはかつて、原発作業員の住む町だった。
私達と同じ、普通の生活があって、普通の人々の営みがあった場所。
人々が出会い、子を産み、泣き笑い悩み、愛し合ってきた場所。
1986年のチェルノブイリ原発事故により「ゾーン」となった。
「ゾーン」とは「危険区域」の事。放射能に汚染されたいわゆる、死の町だ。

原発の警備にあたる警官が言う。「自分達は15日休み、15日働く。」
それがどういう事を意味するのか、今となっては容易に想像できる。
長時間の労働は健康を損なう。それだけ、放射能に汚染されているという事だ。
彼は言う。
「多分この場所には二度と人は住めないだろう。
100年後でも住めないと確信している。」


チェルノブイリ原発事故当時、除せん作業等に多くの若者が投入された。
何も知らずに、無防備な状態だったという。
黒鉛を素手でつかんだり、はだしで歩いていた。
「12年経った今は、おそらく生きていないでしょうね。」
研究所の女性が言う。
「わざと知らせなかったのよ。」彼女は躊躇なく言った。
「これがチェルノブイリの悲劇よ。」


素朴な夫婦のインタビューや、
今でも避難できずに居住禁止区域で生活する人々の、素朴でおごそかな姿が映し出される。
圧倒的に年配者が多い。しかし、少女の姿が見えた時はドキリとした。
それと交互して、不気味で不細工な事故の残骸達や、朽ち果てた家々、
閑散とし、いまや廃墟と化した元居住地域が映し出される。
その、人間の生命とはとうてい相容れない違和感と、
「冷やかな鉄の塊」と「人々の普通の生活」というコントラストの強さに、
私は目眩を覚えるかのようだった。
それは原発=核が地球上のあらゆる生命に否定される、確固たる理由のようにも思えた。
衝撃的だったのは、その老夫婦の娘が原発事故後妊娠した時に、
医師が役所に通告し、その後堕胎させられたという内容だった。
まだ産まれもせぬ命を否定する、命をこういう形で踏みにじる原発とは一体、何なのか・・・

チェルノブイリ原発三号機内部の映像も衝撃的だった。
四号機には収容できなかった作業員の遺体がいまだに眠っているという。
その悲劇を忘れない為に、3号機の内部には小さな慰霊碑がある。

安全責任者の男性は、「重圧を感じ」ながらも高らかに言う。
「事故は起こさせません。私が保障します。」
しかし、その瞳はなぜか力なく、小刻みに泳いでいるように見えた。
彼は仕事は楽しいが、給料の低さに家族を養えない・と嘆く。
そして配給される食券を自慢げに語る。
「ここは食事は無料です。ここにいれば餓死しない。食券を撮りますか?どうですか?」
何度も繰り返し言う姿に、ほんの少し寂しさを覚えた。
と同時に漠然とした不安も抱いた。
これが、あの史上最悪と言われた4号機爆発事故の後の、
原子炉の安全管理に携わる人間の姿か・・・
頑張っている。志もありそうだ。ただあまりにも、心細くはないだろうか・・・


冷却水池から獲れたという魚が映し出される。
放射能の生物の影響を監視しているという、研究所の男性。
「ここで獲れた魚は1500ベクレル。肉食類になるともっと高い。
最高で20000ベクレルにもなる。」
それでも汚染レベルは低いという。
「食べれません。絶対に食べてはいけません。」
居住禁止区域に住む老夫婦は言う。
「野鳥は原発で越冬する。冷却水は温かいから、氷がはらないんだよ。」
その冷却水はいったいどこへ流れ込むのか・・・


ほのぼのとした風景もあった。
時折、猫が追いかけっこをして横切ったり、
老女の魚の下ごしらえの最中に、ご飯をねだっていたりする。
その様子を、猫好きの私は「その魚は、ストロンチウム等大丈夫かな・・」
と心配しながら眺めていた。
放射能さえなければ、普通のほのぼのとした微笑ましい風景だな・・・そんな気持ちにもなった。
そして、3月11日のあの原発事故以後、食品への不安がいまだに払拭できない「今」が重なった。

「安全だよ、気にしない。」「慣れたよ。」
そういう言葉が映画の中で交わされる。
他方、「安全な場所など無い。」
「150年経っても人は住めない。」
という言葉も次々と出てくる。
人々は、日々の生活の中で葛藤し続けている。
その認知的不協和の中で、ある者は妥協し、ある者は忘却し、
ある者は嘆き、 ある者は戦い続ける。
チェルノブイリ事故の12年後の人々の姿・・・
福島原発以後の日本に住む我々の姿と、重ならない訳がない・・・


白黒の映像というのは、自分の固定観念のせいで、
どこか過去に追いやられていく感じがする。
しかし、観終わってみると、実に鮮明なのだ。
記憶の中で、なにかが強烈に残る。
それは今度は私達が、このモノクロームの中にすいこまれていくのか・という怖さや、
自他ともに忘却、あるいは慣れていく不安感。
「ゾーン」=死の町から感じる冷やかさ、虚無、絶望・・・

生活が、ずっと続くと疑わなかった日常が、
たった一回の事故で奪われるという悲しい真実を静かに、
しかし切実に訴えているこの作品に、
自分自身も含め、多くの人がもっと早く出会えていたらと思う。
モノクロームに横たわるこの「ゾーン」には、
終始、どうしても生命を感じる事ができなかった。
肌の温かさ、呼吸、血の流れ、脈拍を感じない。
生命が凍結しているかのような、石のように硬く冷たい感じがする。
原発はメドューサか?睨まれた私達の生命は石と化してしまうのか・・・

原発=核による生命の石化は、もう二度と起こして欲しくない。
その為にも、多くの人にこの作品を観てほしい。
今だからこそ、真剣に原発とはなんだ?と問い、
自分の命や生活に関わる問題として考え、
多くの犠牲と人々の悲しみを伴った過去からの警告を、
これからも恐れずに、心に刻み続けて行きたい。


映画「プリチャチ」  渋谷UPLINKにて。

2012/01/19

その先の輝くもの

怒りの感情の裏には、悲しみが潜むという。
怒りに燃える炎の色は赤ではなく、もしかしたら、青い色をしているのかもしれない。
そしてそれは、涙の色にも似ている。


日本人が描く、怒りをモチーフにした心的風景を描いた絵には、
炎を包み込むように、円を描いたり、薄いモヤを描いたりするものが多いという。
燃え盛る炎を、繭でふわりと覆うようなイメージだ。
それは文化的背景もあるだろうが、直接的に怒りを表す事をためらい、または抑圧し、
それでも微笑もうとする、健気な心の表出だと思う。
しかし、繭のようなモヤに包まれたその中身は、やはり炎である。
場合によっては、それを感じている自分を隠す必要はあったとしても、恥じる事はない。
素直に感じるべき、大切な感情だ。

自分が侮蔑された時、または裏切られた時に感じる悲しみや怒りや痛みは正当なものだ。
そんな事を感じてはいけない、考えてはならないと否定してはいけないと思う。
人はみな「自己愛」を持って生きている。
最終的に自分を慈しみ、想い、愛するのは自分自身だ。
自分を欺いたもの、傷つけたものに怒りを感じ、悲しみを感じるその心を、
あからさまに表現する必要もなければ、隠ぺいし抑圧し、否定する必要もない。
ただ、その炎を、たとえば「昇華」作業の様に、
創作への燃料として、文字通り「消火」させてしまうとか、
自分自身の過去・現在を通して未来をも見つめ直す、
「踊り場的」な時間にかえたら良いと思う。
もしかしたら、その炎はやがて、凍てついた心を溶かし、
凍えた精神を優しく温めてくれるかもしれない。

自分の身のまわりに起こりうる事象には、きっと何らかの理由があり、教えがあると思う。
「因果応報」という言葉もある。
謙虚に物事や言動を俯瞰してみるという姿勢は大切だろうと思う。
辛くても、素直に怒り、涙し、感じる事が出来たなら、
きっと心の暗闇の奥底に光り輝く、大切なものが見えてくる。
そして光は、闇が濃い程に美しく、輝くものだ。

2012/01/10

舞台

ひっそりと穏やかに過ごしているつもりが、
突然、舞台に引きずり出される事がある。
心理劇で言えば、突如、補助自我の役目を求められるような・・
こちらは一切望んでいないにも関わらず・・

人は、ひとりでは生きていないのだ・という事を、
まざまざと見せつけられたような出来事に遭遇する。
それは、過去の自分が自覚の有無にかかわらず撒いた種がいつの間にか発芽し、
それは時には甘く美味であり、時には歪で苦い味のする実をつけていたりするようなものだ。
種はいつ撒かれたのか、自分では定かではなくても、
確実に人の心に、関係性に、人生の道端に撒かれており、
そのうち発芽する。


舞台に引きずりだされたとはいえ、自分の配役が今一掴めない事もある。
自分の人生においては、自分が主人公ではあるが、
時に、他者の人生において、キューピットになったり、
黒子になったり、アニマ・アニムスとなったり、
トリックスターとなったり、老賢者という配役をになったりもする。
人生には人の数だけ舞台があり、配役がある。
苦虫を噛みしめるような配役をつかまされても、
一歩舞台を降りれば、又違う舞台において、
違う仮面を被って、綺麗な衣服をまとい、
他人を様々な補助自我に用いながら、笑っていたりもする。
人間関係とは、そのような舞台の入り組んだ姿そのもののような気がする。
「お互い様」そのような言葉が、目の前にちらちらとうつる・・

日々の生の中で、稲妻のように降りかかる災難や障害・・
これらは、そうした「舞台」の存在を顕在化するものだと思う。
人が人である限り、人の間で生きる「人間」である限り、
常に誰かの舞台に配役され、
自分自身の舞台においても同時に主役を演じている最中だという事を
忘れてはならないという、ある種の警告のようにも感じる。

台本も無く、セリフも無い、エンドレスの舞台である。
まずは演じる事を楽しむ事が必要だろう。
演じる時に使う仮面=ペルソナは面ともとれる。
面は、メンと同時にオモテともよめる。
仮面を被った私も同時に「私」自身なのだ。
オモテがあればウラもある。ウラの存在に動じることはない。
人間はそういうものの表裏一体で生きていく。

そして、多くの舞台では「仮面」が必要になってくる。