Kyon {Silence Of Monochrome}

Kyon {Silence Of Monochrome}
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2015/08/22

あのころHR/HMが青春だった 2

HR/HMを聞いていた頃はてっきり、自分は中学生だと思っていたが、
デフ・レパードの最高傑作『Hysteria』が出たときは1987年だから、
わたしは小学生だった!(『Hysteria』はカセットテープで購入した!)
よく、このアルバムにノックアウトされたなぁ・・と、自分のマセガキぶりに驚く。

誰に教わったのでもないが、深夜の音楽番組「PURE ROCK」に大いに影響を受けていた。

当然、同年代の友達は興味など示さず、
私は一人、孤独に、アルバムを聴きながら悦に浸る日々だった。

へヴィメタルはものすごく細分化されていて、出身地域によって分類されていたけど、
一番好きだったDOKKENはLAメタルという部類に入っていた。
それ以外は、あまりアメリカ勢のメタルは聞いておらず(当時は全く気にしていなかったけど)、ヨーロッパなどの北欧メタルや、デフ・レパードなどのブリティッシュメタル(NWOBHMなどとも言われていた)という、メロディックでドラマチックな曲の多いバンドを好んでいた。

ヨーロッパは「ファイナルカウントダウン」という曲が有名だけど、一番好きだったのは「Superstitious」だった。「Open your heart」も至極の一曲。
ボーカルのジョーイは、イメージも声も変わらず、すごくいい歳の取り方をしている。今年の1月に来日していたと後で知って、ショックを受けた・・・

ちょっと変わったところでは、ボーナムというバンドがあった。
あのジョン・ボーナムの息子のジェイソン・ボーナムは率いていたバンドだった。「Wait for you」「Guilty」など今聞いても色あせていない。
当時小学生の私は音楽の知識が乏しく、彼らの楽曲がレッド・ツェッペリンのそれと非常に似ているということに気づくよしもなかった。
ブルージーかつエッジが聞いていて、濃厚。二番ぜんじと取るかどうかは別として、今聞いても普通にかっこいいと思う。ドラムが深くていい音。

D・A・Dというデンマークのバンドもあった。当時のPVでは綺麗目なお兄さんがネクタイを締めて、ハスキーな濁声で歌っているのが印象的だった。「Sleeping my day away」は、いまでもクールなリフで、グッとくる。
2弦ベースで、奇抜なパフォーマンスというのも印象的だった。今でも現役とのこと。

ピンククリーム69というバンドも大好きだった。部活の合宿へ行くバスの中で、ウォークマンで聞いていたのが懐かしい。ヴォーカルのイケメン、アンディ・デリスがのちにハロウィンに入ったと後で知って、驚いた。月を見ると今でも「Talk to the moon」という曲を思い出す。
「Ballerina」は情景が浮かぶような、胸に迫る、とっても良いバラード曲だった。


クイーンズライチは、その楽曲が抒情詩的でスケールが大きいから、てっきり北欧系かと思っていたが、ワシントン州出身だった。アルバム『Operation:Mindcrime』は名盤だと思う。コンセプトアルバムとしては完ぺきだった。
当時の私はパートの誰が好き(かっこいい)とかいう好みが必ずあったが(子供だった・・)、そういう理由なしに、アルバム単位で聞いていた唯一のバンドだった。

ファイヤーハウスも好きだった。これもアメリカ出身のバンドだった。「All she wrote」という曲がよかった。
スキッド・ロウも当然聞いた。セバスチャン・バックのインパクトはものすごかったけど、それより、ベースのレイチェルの鼻ピアスが気になってしょうがなかった。「Youth gone wild」に衝撃を受け、
「18 and life」に涙した。

HR/HMの思い出話は尽きません・・。

あと、懐かしい面々が、今でも現役で頑張っている姿をみて、しみじみ思うのは、
「太ってはいけませんね~」ということ。
80年代に活躍したロックスターは今では皆さま、50代も半ばを迎えている。
今でも素敵に輝いている人は、あの頃のスマートでクールな印象にプラスして、「齢」というスパイスが、いっそう魅力を引き立たせている。そんな姿に自分を戒めつつ、励ましをもらう。


当時を振りかえると、輸入盤を買う方が安価だったので、せっせとそちらを買っていたのだが、歌詞の翻訳が無いので、辞書を片手に、一生懸命和訳していた。このおかげで、英語はその後もずっと好きな教科だった(話せないが・・・)。
高校2年生の頃に、初めてギターを手にするのだが、その後いろいろとあって、リッケンバッカーを購入し、ベース弾きとなった。それからギターのテクニックや美しい旋律よりも、ベースの重低音のほうに意識が集中するようになった。
けっしてうまくはないが、耳コピは何となく、今でもできる。
そして時々、様々な思いを重ねながら、弾く。

No Music,No Life。

絵を描く時など、絶対に欠かせない、
音楽はあの心地よい時代、または精神世界への「鍵」であり「媚薬」である。






2015/08/20

あのころ、HR/HMが青春だった 1

HR/HM

ハードロックとへヴィメタルの略称である。

当時、私はまだ中学生だった。
(これらの音楽をダイレクトに聞いていた人達は、もっと年上世代だと思う)
毎月首を長くして待ちわびた、BURRN! をバイブルに、それら音楽をまさぐるようにして聞きまくっていた。
親の心配をよそ眼に・・・

今現在、HR/HMの話やBURRN! が愛読書だと話すと、たいてい失笑される。
なぜだ?

なぜか?

そこに、ある種の誤解と偏見があるからだ。


まず、「ヘビメタ」と、失笑する彼らは言うが、そこから間違っているのだ。

「ヘビメタ」ではない。

「へヴィメタル」なのだ。

そして彼らのイメージするところの「ヘビメタ」は、ギンぎら、お化粧、革パンぱっつりなのだ。
(他に「ドラック・酒・女」というイメージは多少あるともいえるが、これもメディアに植付けられたイメージだと思う。
一方で、「血や肉」と表現する人もいるが、これはまた、別のジャンル・・)

それも大いなる偏見であり、それにより、代表性ヒューリスティックとバイアスのせいで、「耳に詰め物」をしてしまった状態であるから、まずそれ以上聞こうとしないし、知ろうともしない、固着した思考に陥ってしまう。
音楽なのだから、ぜひ、聞いてほしいのだけれど・・それも叶いそうにないとは、なんともさみしいことだ。


ハードロック・へヴィメタル、そこには、ただ熱いだけではなく、70年代の息吹も感じる、儚い美しさと共に、奥深い世界が広がっていることを、彼らは知らない・・・

(ちなみに私が好んだものは、下記でも分かるように、北欧系や様式美系と言われたものが多い。デスメタルやスラッシュメタル、玄人オジサン系・・はあまり好まなかった、というか興味がわかなかった・・)


当時、私が13歳くらいだとすると、当時のアーティストたちは24、5歳、あるいは30歳前後か。
彼らはその青春時代、あのウッドストックフェスティバルを筆頭に、
ツェッペリン、ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリン、CCR、クリーム、ジェファーソン・エアプレイン、そしてドアーズなど、至極のアーティスト勢が名を連ねる音楽シーンを、直に魂に焼き付けた青春時代を送ってきた人たちだろう。

当時私は、HR/HMのバンドマンがこぞって長髪で、スリムな体にベルボトムないし革パンであるということが、単にヴィジュアル的にかっこいいからそうしているのだろう・・と思っていたが、
後になって、70年代も通ってみると、彼らは例えば、あのツェッペリンのセクシーなロバート・プラントを真似ていたんだな、と思ったりもした。

私の聞いていたHR/HMのアルバムには、そうした音楽的ルーツを感じさせるテイストも感じたし、TESLAの「アコースティック5ジャム」に入っていた「We Can Work It Out」が、ビートルズを聞いてみようと思うきっかけでもあった。


私の青春時代ともいえる「HR/HM」の記憶。
長らく自分の中で封印してきたものが、堰を切ったようにぶわっと出てきた理由・・

それは最近見たトム・クルーズ出演の【ロック オブ エイジス】を見てしまったからだった・・

ミュージカル仕様ということもあり、最初から最後まで、懐かしの80年代ハードロックで埋め尽くされる楽しい時間を、ひとり、刻々と過ごすうち、

{・・やっぱり、いいじゃん!いいものは、いいよね}という気持ちに、落ち着いた。


あの頃、特に好きだったのは、ドッケン。(特にボーカルのドン・ドッケンがお気に入り)
ホラー映画好きの私にとっては、「エルム街の悪夢3」の主題歌「ドリーム ウォーリアーズ」はもちろん、「アローン アゲイン」は今でも泣く。アルバムはすべて好き、でライブにも行った。
(当時、止む無く母親にチケットを取ってもらうことになった時、変な名前ね・・と言われた覚えがある。)

テスラは初めてライブに行ったバンド。NHKホールだった。当時、深夜の「ピュアロック」でひっきりなしにかかっていたPV「No Way Out」でやられてしまった。「Love Song」は本当に良い曲。

ウィンガーは、ボーカルのキップのダンスが派手で、ベース弾いているのかな?と疑問視しながらも、ぐっとくる曲が多くてお気に入りだった。ギターのレブ・ビーチが好きだった(子供なのにイケメンに目がなかった・・)これもPV「セブンティーン」にやられてしまった。

モトリークルーはいささか、恰好とパフォーマンスが奇抜すぎて、中学生の私としてはアレだった(怖かった)のだけども、「Home sweet home」は今でも名曲中の名曲と思っている。
それはシンデレラの「Don't know what you got」や、ポイズンの「Every rose has its thorn」も同様で、今でもバラードの王道として、自分の心の中に君臨している。

スキッド・ロウやイナフズナフ、ウォレントといった、若くてきれい?なお兄さん達が多いバンドも好きだった。(もちろん楽曲も)

他にTNTといった北欧系の良いバンドもあり、「Intuition」「Tonight I'm Falling」などで私も「落ちた」のだった。ハイトーンボイスが本当に素晴らしかった。

ハイトーンボイスと言えば、スティールハートというバンドも忘れられない。「She's Gone」は言葉もないほど、素晴らしいの一言。今でも胸にぐっとくる。このバンドはライブにも行けた。


そしてデフ・レパード。
アルバム「Hysteria」を聞いた時の衝撃が、今でも忘れられない。
「Woman」は、まだ子供だった私にとっては、だいぶセクシーな歌だったように思う。だけどしょっぱなこの曲で、やられてしまった。「Suger on me」は今でも心躍る。そして「Armageddon It」のアルマゲドンの意味を知るのは、もっと先のことであった・・

当時、ドラムのリック・アレンの、片腕を失うという不幸にあいながらも懸命にドラムを打つ姿や、あどけなさが残る可愛らしい笑顔に、ハートを射抜かれたのだった。
そして、ギターのスティーブ・クラークの死・・・・
当時、布団の中で、ひそかに泣いたのを思い出す。

デフ・レパードは本当に良い曲が多いだけれど、「Love Bites」「Bringin' on the heartbreak」は特に好きな曲だ。

そして、2015年11月の来日を知り、さらに興奮した。
念願のライブが見れる!
速効でチケットを取ったのだった。
(私がライブに行っていた80年代当時とはだいぶ料金がかわったな、と思いながら・・)


80年代のあのブームから、生き残っているバンドは正直多くないと思う。
そして、あの「美しさ」をキープしながら、重鎮として残るのは本当に努力のいることだ。

最近のライブ映像を見ると、デフ・レパードの皆さまは、今でも素敵な姿で(スリムであるということは大事ですね!)、
もちろん音楽のクオリティも下げることなく、むしろ、歳を重ねたことによる安定感が、さらに楽曲に重厚感を与えているように思えた。
私のお気に入りのリックとサブも、素敵に歳を重ねている・・。バンドでベースを弾いてきた者としては、かっこいいサブのパフォーマンスも物凄く、楽しみであります。

そして、11月に生の姿が見れると思うと、今から興奮し、当時私の心を鷲掴みにしたあのアルバムたちを、もう一度聴き込んでいかなければと、いまから鼻息が荒くなるのだった。

(長くなりそうなので、このお話は、また今度に・・)