時々見る夢です。
混雑して熱気立つ店内に、
商品構成や展開をあれやこれやと考えながら徘徊する自分。
すると突然レジが壊れてしまい、慌てる店員と殺気立つ店内。
慌てて直そうと試みるがどうしても上手くいかない・・・
現実に過去にあったことかもしれません。
私にとっては悪夢です。
またこの様な夢も見ます。
職場へ行ったら、他の従業員が無言で抗議めいた眼差しを向けてくる。
何だと思ったら、私は入りの時間をすっかり間違えていた。
大きく「遅刻」していたのだ。
これも現実に過去にあったことかもしれません。
私にとってはやはり悪夢です。
激しく動悸をおこしながら飛び起きると、
それが夢であった事に気付き、本当に安堵します。
たわいのない日常の一片が再現されたに過ぎないのですが、
私にとっては、現実のその日をも揺さぶる程の「悪夢」なのです。
今であればワーカーホリックだったと思います。
自分は倒れなければ、仕事は休めない、
仕事を休むためには、倒れなければならない、
その為に、更に激しく仕事に没頭する自分がいました。
結論申せば、休みたいが故に、倒れる為に、働いていたといえるでしょう。
しかし、そんなに自分は軟ではありませんでした。
そんな状況が約4年続きました。
今思うと、それは決して心身共に健全ではなかったと思います。
「仕事」は熱意にこたえて順調に走り、結果も出してくれましたが、
それでも、良くやったねと素直には褒められない。
その時に経験した、数々の小さな葛藤や不安感や、
何よりも自分で自分を追い込んでいた自虐的な情景が、
時々「悪夢」となって今でも私を動悸つかせるのです。
後遺症とでもいえるかもしれません。
それは、今の自分対して感じる事です。
前職よりもマイペースで働けて、自分の時間が持て、猫たちとも暮らせている今、
それでいいのかともう一人の自分が時々囁きます。
{以前のようにもっと働け、もっと忙しく生きろ、それこそ絵も描けない程に}
そうなると、はたしてこのままで良いのだろうか、とたちまち不安に思うのです。
そんな時は、今やるべき事に向き合ってみる事にしています。
エンドレスな家事にしても、簡単な入力作業でも、
猫との他愛のない遊び一つにしても、
今あるその事に対して、正直に向き合ってみる。
どんな些細な事でも、私にしかできないことであって、
私がやらなければ誰もやってくれません。
それは、前職の時も同じで、似たようなある種の正義感と使命感でその時はがんじがらめになっていました。
今あるものは、他者の厳しい目や、自分の中の意地や自虐要素が少ない分、
質感がちょっと違います。
これが健全な頑張りとそれに伴う達成感なのか、と改めて感じる時があります。
時々みるそれらの「悪夢」よりも、
本当は絵を描く自分を置き去りにしていた、
その事が一番の「悪夢」であり、
「倒れたい」気持ちは、その自分の悲痛な悲鳴であったと今になって思います。
もう自分で自分を煙に巻き、迷宮に迷い込ませたくはない。
あの頃の懐かしい感覚に浸食されながらも、
何度もそう自分に言い聞かせていました。
2010/10/25
2010/10/23
晴天の中曇り空
こんなに良い天気なのに、心の中はいささか曇り空。
人は他者や環境・社会などに様々影響を受けて、
少しずつ変容しながら、でも変わらない場所はいつまでも変化なく、
微妙なバランスで持って橋渡りをしているように思います。
そんな中で、多少の不調は当たり前と思っています。
それでも自分の中の、いわゆる薄汚い部分や黒い部分はあまり見たくないものです。
自分は決して真人間だとは微塵も思っていませんが、
それでも、暗黒の形相があからさまに姿を現すのは好ましい事ではなく、
私の中の良心がそれを阻止しようと躍起になり、
それが心の中で葛藤となるのです。
その情景が、この眩しいくらいの晴天と、心の曇り空の対比そのものです。
多かれ少なかれ人は心に幾つもの矛盾と葛藤を抱えて、
それらと日々折り合いをつけながら、
それも自分を構成している大切な一部に過ぎないと思って生きていく。
私のやりこなし方は、
黒くて甘い餡子をさっぱりとした薄皮に包んでパクッと食べてしまう、
そのようなイメージでしょうか。
しかし時々、傍にふわっとたたずむワサビの心が羨ましい。
人は他者や環境・社会などに様々影響を受けて、
少しずつ変容しながら、でも変わらない場所はいつまでも変化なく、
微妙なバランスで持って橋渡りをしているように思います。
そんな中で、多少の不調は当たり前と思っています。
それでも自分の中の、いわゆる薄汚い部分や黒い部分はあまり見たくないものです。
自分は決して真人間だとは微塵も思っていませんが、
それでも、暗黒の形相があからさまに姿を現すのは好ましい事ではなく、
私の中の良心がそれを阻止しようと躍起になり、
それが心の中で葛藤となるのです。
その情景が、この眩しいくらいの晴天と、心の曇り空の対比そのものです。
多かれ少なかれ人は心に幾つもの矛盾と葛藤を抱えて、
それらと日々折り合いをつけながら、
それも自分を構成している大切な一部に過ぎないと思って生きていく。
私のやりこなし方は、
黒くて甘い餡子をさっぱりとした薄皮に包んでパクッと食べてしまう、
そのようなイメージでしょうか。
しかし時々、傍にふわっとたたずむワサビの心が羨ましい。
2010/10/19
アズキ、体重が2倍に
新入りのオス猫、アズキです。
子猫はとても可愛いのですが、こんなにお世話が大変だとは思いませんでした。
先住猫のワサビがすごく大人に感じます。
9月に私がアズキを拾った時は300グラム。
それから体重も二倍に増えました。
時々ワサビと会うと、シャーと威嚇されて、目をまん丸くしていますが、
ご飯もモリモリ食べ、沢山遊んで、いささか元気過ぎて困っています。
この子の一生を見続ける覚悟を心に約束した時、ふと思ったのは、
人間では幼少期から老年期、
そして死まで、1人の人間が他の人間を連続してみることは不可能ですが、
この子たちの一生は長くても20年程で終えることとなり、
その幼少期から死までを全て見届けるということは、
本当に感慨深いものだということです。
そしてそれは私達飼い主にとって、楽しみで充実した日々ということと供に、
別れは想像を絶する程に、
寂しいことであり、悲しいことなんだと思います。
アズキがおじいさんになる頃は、私も中年期後期をてくてくと歩んでいる頃、
その時は今よりも、私の精神力の耐久性が心配ですが、
そんな先のことよりも、
今ここでお腹が空いたぁ!とワ―ワ―鳴いているアズキと、
アズキに少し嫉妬していつもより甘えてくるワサビのお世話をすることに気を向けて、
そんな日々を毎日、毎日変わらずに過ごしていけたらと思います。
子猫はとても可愛いのですが、こんなにお世話が大変だとは思いませんでした。
先住猫のワサビがすごく大人に感じます。
9月に私がアズキを拾った時は300グラム。
それから体重も二倍に増えました。
時々ワサビと会うと、シャーと威嚇されて、目をまん丸くしていますが、
ご飯もモリモリ食べ、沢山遊んで、いささか元気過ぎて困っています。
この子の一生を見続ける覚悟を心に約束した時、ふと思ったのは、
人間では幼少期から老年期、
そして死まで、1人の人間が他の人間を連続してみることは不可能ですが、
この子たちの一生は長くても20年程で終えることとなり、
その幼少期から死までを全て見届けるということは、
本当に感慨深いものだということです。
そしてそれは私達飼い主にとって、楽しみで充実した日々ということと供に、
別れは想像を絶する程に、
寂しいことであり、悲しいことなんだと思います。
アズキがおじいさんになる頃は、私も中年期後期をてくてくと歩んでいる頃、
その時は今よりも、私の精神力の耐久性が心配ですが、
そんな先のことよりも、
今ここでお腹が空いたぁ!とワ―ワ―鳴いているアズキと、
アズキに少し嫉妬していつもより甘えてくるワサビのお世話をすることに気を向けて、
そんな日々を毎日、毎日変わらずに過ごしていけたらと思います。
2010/09/26
小豆まめ
暑い暑いとうだっていた日々は何処へ?
次の日には、急いでフリースのジャケットを箪笥の奥から引っ張す始末。
ワサビも猫ベットから離れず、これでもかというくらい丸くなって寝ています。
私の生活にも大きな変化が有りました。
それこそ、今年の記録的な酷暑からこの寒さのように、いきなり、突然に。
その小さな黒猫は、薄暗い夜道にほんのり街灯に照らされて、
ヨチヨチとやってきました。
ミャアミャアと小さく、繰り返し鳴きながら、私に向かって歩いてくるように見えました。
そして足元に手を伸ばしながら更に激しく鳴きました。
小さく、ガリガリに痩せた子猫でした。
「一緒にいこうか?」
そう話しかけました。
1か月になるその子猫は、通常あるべき体重の半分程しかなく、
風邪をひいていました。
そしてその虚弱な身体には、無数のノミやダニが・・・。
このか細い身体から、まだ血を吸うのかと思うと、腹が立ってきました。
翌日には病院へ行き、すぐさまノミと回虫の駆除をしました。
それから元気と体力を付ける為に、5時間おきに食事やミルクを与えました。
骨ばった小さすぎる身体を撫でながら、涙が出てきました。
それから約3週間。寝不足を我慢しながら、お世話をしました。
今では元気に飛び回っています。
まだジャンプはできないし、カリカリ御飯も上手く食べれない。
それでも、毎日少しずつ出来る事が増えて行きます。
そんな姿を見ると、本当に励まされます。
名前は「アズキ」と名付けました。
出会った時、真黒くて小さな身体が小豆まめのように見えた事と、
「ワサビ」のツンとした性格とは対照の「あまったれ」だからです。
まだまだ、充分に見守っていかなければなりませんが、
とにかく元気にのびのびと、大きく育ってほしいと思います。
その為に、今日も私は寝不足で、趣味の時間を返上しています。
次の日には、急いでフリースのジャケットを箪笥の奥から引っ張す始末。
ワサビも猫ベットから離れず、これでもかというくらい丸くなって寝ています。
私の生活にも大きな変化が有りました。
それこそ、今年の記録的な酷暑からこの寒さのように、いきなり、突然に。
その小さな黒猫は、薄暗い夜道にほんのり街灯に照らされて、
ヨチヨチとやってきました。
ミャアミャアと小さく、繰り返し鳴きながら、私に向かって歩いてくるように見えました。
そして足元に手を伸ばしながら更に激しく鳴きました。
小さく、ガリガリに痩せた子猫でした。
「一緒にいこうか?」
そう話しかけました。
1か月になるその子猫は、通常あるべき体重の半分程しかなく、
風邪をひいていました。
そしてその虚弱な身体には、無数のノミやダニが・・・。
このか細い身体から、まだ血を吸うのかと思うと、腹が立ってきました。
翌日には病院へ行き、すぐさまノミと回虫の駆除をしました。
それから元気と体力を付ける為に、5時間おきに食事やミルクを与えました。
骨ばった小さすぎる身体を撫でながら、涙が出てきました。
それから約3週間。寝不足を我慢しながら、お世話をしました。
今では元気に飛び回っています。
まだジャンプはできないし、カリカリ御飯も上手く食べれない。
それでも、毎日少しずつ出来る事が増えて行きます。
そんな姿を見ると、本当に励まされます。
名前は「アズキ」と名付けました。
出会った時、真黒くて小さな身体が小豆まめのように見えた事と、
「ワサビ」のツンとした性格とは対照の「あまったれ」だからです。
まだまだ、充分に見守っていかなければなりませんが、
とにかく元気にのびのびと、大きく育ってほしいと思います。
その為に、今日も私は寝不足で、趣味の時間を返上しています。
2010/09/04
夏の困りごと
私の部屋にはエアコンがありません。
毎年のことなので、今年も扇風機で行くつもりでした。
そして、夜になれば涼しさも増し、じっくりと絵を描けるはずなのですが・・
今年の暑さはやはり、何かが違います。
夜になっても気温が下がらず、暑い!
扇風機では追いつきません。
それでも意を決して、首に冷却タオルをまき、
氷水とアイスコーヒーを用意して、扇風機をかけまくり、
部屋を閉め切って描き始めました。
しかし1時間も経たないうちに、頭がボーっとしてきました。
身体の熱が段々とこもってきて、放熱仕切れなくなってきた感じが辛くなり、
クラクラとしてきたので、流石にこれはまずいと思い、
描くことを断念しました。
こんな夏は初めてです。
緻密な作業をしている時は、冬場でも汗が滴り落ちてくるので、
ましてや猛暑が続き夜も気温が下がらない日々、
エアコンの無い部屋で絵を描くのは至難の業となってしまいました。
9月に入り、九という字の持つ、
秋を思い起こさせる涼しげなイメージに少し騙されつつ、
辛抱しながら蒸し風呂のような部屋の中でコツコツ描いております。
描き終えた後に、汗だくで外に出ると、
まるでクーラーのきいた部屋のような爽やかさ。
これならエアコンが無くてもいける!と不思議な錯覚をおこしています。
毎年のことなので、今年も扇風機で行くつもりでした。
そして、夜になれば涼しさも増し、じっくりと絵を描けるはずなのですが・・
今年の暑さはやはり、何かが違います。
夜になっても気温が下がらず、暑い!
扇風機では追いつきません。
それでも意を決して、首に冷却タオルをまき、
氷水とアイスコーヒーを用意して、扇風機をかけまくり、
部屋を閉め切って描き始めました。
しかし1時間も経たないうちに、頭がボーっとしてきました。
身体の熱が段々とこもってきて、放熱仕切れなくなってきた感じが辛くなり、
クラクラとしてきたので、流石にこれはまずいと思い、
描くことを断念しました。
こんな夏は初めてです。
緻密な作業をしている時は、冬場でも汗が滴り落ちてくるので、
ましてや猛暑が続き夜も気温が下がらない日々、
エアコンの無い部屋で絵を描くのは至難の業となってしまいました。
9月に入り、九という字の持つ、
秋を思い起こさせる涼しげなイメージに少し騙されつつ、
辛抱しながら蒸し風呂のような部屋の中でコツコツ描いております。
描き終えた後に、汗だくで外に出ると、
まるでクーラーのきいた部屋のような爽やかさ。
これならエアコンが無くてもいける!と不思議な錯覚をおこしています。
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