2011/09/25

東京原発

2004年公開の映画。正直、私はこの映画の存在を知らなかった。
2001年に、東海村での臨界事故があった。
2名の尊い命が無惨な死を遂げた重大事故にもかかわらず、
報道は規制され、国民の関心も線香花火の様に儚かった。
その3年後、この映画は公開された。
難しい内容を大変解りやすく、コミカルかつ軽快に描かれているが、
これはまさしく、原発依存を続ける未来の日本への「警告」だった。
しかし、役所広司や段田安則などの豪華俳優陣を起用しているのも関わらず、
当時の注目は相当、薄かったのではないか・と思う。
そうでなければ、現在のこの現状について、どうしても私の中で説明つかないのだ・・


役所広司氏ふんする天馬東京都知事は、
突然東京都に原発誘致を発案する。
「原発は都会にこそ似会う。このコンクリートジャングルに、
斬新な建物が一つ追加されるだけの事だ」

莫大な金をその周辺地域や関係者にばらまく、原発。
財政難に苦しむ東京都は今度はそれを「ばら撒かれる側」にまわるのだという。
映画の中では環境破壊にも言及している。
福島や新潟の美しい風景を破壊し、原発を建てた事に知事は疑問を呈す。
そして環境破壊することなく、東京で使う電気は東京で作る!それが筋だと声を荒げる。
「嫌なら、電気を使うな!!!」

思いつきや無知で発案したのではなく、
全てを知り尽くした上で、知事には相応の思惑があった。
知事はいう。
「世界一、無関心な都民」
その都民の眼を覚まさせる為には、
自分達の問題として原発を考える事が一番だ・と結論したのだろう。
知事は新宿中央公園に小型原子炉を作るという。
嫌ならば国民投票をさせるつもりだ。
原発の危険性や安全性、その必要性を真正面から国民に議論させるのだ。
なぜ、東京の電気が長年にわたり、田舎と呼ばれる遠い地域で
わざわざ長い送電線を用いてまで作られてきたのか、
なぜ、莫大な交付金が必要なのか、その真意を表面化する為に、
超マジョリティの立場を逆手に取ったという事だ。
もし1000万人の都民が原発NO!といった時、
それは国をも動かす一石となると知事は考えた。

「世界一、無関心な都民」
突き刺さる言葉。私もその一人だった・・・
でも福島原発事故が起きた今、そんな都民だってもう、無関心ではいられないだろう。
その証が、今月19日に開かれた5万人集会だろうと思う。

大江健三郎氏、落合恵子氏らが呼びかけ人。
私はこれに1人で参加した。
参加した感想は、一言でいえば、ガツンと頭を殴られ「目が覚めた」。
個人的には、そういう感じだった。
もう無関心ではいられない、傍観者ではいられない!
そして、何かがしたい!
そんな急き立てられるような思いを抱きながら参加したデモからは、
文字通り「本気」が伝わってきたのだった。
映画での天馬知事発案から7年後、
警鐘は何度となく鳴らされてきたのに、
悲しい事故を機にというのは、無念で残念で仕方がないが、
それでも「目が覚めた都民」を自ら自覚しつつ、
この流れがブームで終わらないように祈ってやまない・・・


この映画では、放射能についての危険性にはあまり触れていない。
だが象徴的な発言を専門家なる人物が口にする。
専門家:「放射能は隠したい側にとってはまことに、都合のよいものでして・・・」
職員:「ということは、もう、漏れているの・・・?」

つまり無味無臭無色という事をいいたいのだ。
そして漏らされた相手は全くわからない。
隠したい相手にとっては非常に好都合な事・・「無味無臭無色」。
知らされなければ、また可視化されなければ、私達は永遠にわからない。
それを原因に病に伏したとしても、因果関係も立証困難。
そして今まさに、私達は、その困難さと立ち向かわされている。
私達の生命は、国や電力会社に握られているも同然、
情報が的確に出される事は少なく、むしろ不透明さが目立つ。
個人での情報収集、判断、そして伝達、繋がり、守備が、
日を追うごとに肝心になってきている。
まるで内戦状態だと思う。静かな隠された戦い・・・
心がいつも不安定なのは、それを肌で感じているからだと思う。

専門家はこうも言う。
「東京に原発を作る事は、ハイリスク。
誰の為のリスク?それは、国と電力会社です。」
「彼らは机上で、煙草をふかしながら、賠償や補償問題について、
ソロバンをはじいているのです。」

東京で事故が起きたとしたら、最悪1000万人以上が避難し、土地を奪われ、
病に倒れる可能性がある。
そんなリスクは負えないという事だろうか。
そこに、住む所を奪われる私達ひとりひとりの苦悩や悲しみという文字は感じられない。
辺境に作るとはどういう事なのか、考えれば自ずと理解できてくる気がする・・
今の対応のあり方も・・
背筋に寒気が、ぞぞぞと走る。


この映画ではテロにつての脅威にもふれている。
極秘で輸送中のモックス燃料がトラックごと盗まれるのである。
ずさんな管理と、情報漏れ、
「絶対安全。事故が起こる確率は天文学的確率でありえない」
と具体的な数字や説明もなしに豪語する原子力安全委員会の人物が
象徴的に原発が内包した脆弱性を物語る。
映画の中で放射性廃棄物や燃料等は
日常茶飯事で国道や我々の生活圏を「走っている」という。
これが本当の事だとしたら、恐ろしいというレベルのものではない・・


エンターテイナー性に富み、いささか誇張ぎみの場面は否めないが、
原発の危険性を訴えるにはれぐらいがちょうどよいと思ったりもする。
実際、原発事故は誇張したくても誇張しきれない程、
とてつもなく甚大な被害をもたらすではないか。
危険なものは100歩先あるいて、
そこからちょっとずつ戻るくらいの危機意識でいいと思う。
現実は、この国の危機意識はその真逆だった・・
今では更に、危機意識は当初の10分の1以下になってしまっているかもしれない。
漏れた放射能など無いかの様に。
事故は終息したかの様に、日常が不気味な程、普通に動き出している。

テレビ好き、エンタ好き、有名人好きの国民には
こういった映画でのアピールは欠かせないと思う。
その為に作られた「東京原発」ではなかったかとすら思えてくる。
是非、今からでも多くの劇場や、テレビでやるべきだと思う。
原発問題の入門書には調度良いし、原発の危険性について非常に的を得ている。
ストーリーも飽きない。俳優陣が良い。
そして、2004年の映画だが内容が何ら古さを感じない。
(小道具や服装、建物等にはいささか当時を感じさせるものもあるが)
・・という事は、逆を言えば、7年前から原発問題は、何も進展してきていない・という事だろう。
それだけ、我々も無関心だったのであり、情報も操作、遮断されていた。

311以降、「目が覚めた」都民が今後、どういう行動をとっていくかに注目したい。
東京都は先日、天然ガス発電所建設案を出した。
猪瀬副知事は言っていた。「将来、国民が電気を自由に選べるようにならないといけない」
東京が動けば、日本が動く・・。映画の中での天馬知事の意気込みそのものを、
今こそ東京に見せつけて欲しいものだ。
ひとりの都民としても、切に願います。

2011/09/18

夢であるかもしれない現実

{夢}
屋上にいる。大勢と一緒にいる。
あたりは暗闇だ。下を見ると、暗くてその先は見えない。
ふと、思った。
“夢の中で死ぬと、現実でも死ぬか?”

映画「インセプション」では、夢で死ぬと現実でも死ぬという設定だった。
自分は、夢の中で、これは夢だと自覚している。
試してみようか・・その価値はあると、
下をもう一度覗いてみた。
だが、勇気が出なかった。恐ろしかった。
そのうち場面は変わったが、その後はあまり覚えていない。
夢の世界は、ある意味、仮想現実・・
だけど、この何とも言えない恐怖感覚は、
肌で感じる「現実」のものとして脳裏にびっちりと、こびりついている。
これは心的現実としての、ひとつの「現実」の姿でもあるのかもしれない。


時々、こうも思う。
今生きている現実が、もしかしたら長い夢の中なのかもしれないと・・・

覚めたら、どんな世界が待っている?

2011/09/16

祝の島

美しい風景、そして、清く潔く生きる人々にもう一度会いたくて、
この映画を観に行った。
私自身、勇気をもらいたかった。

映画は静かにゆったりと流れる。
夏の光やセミの声が清々しい。

先祖代々の棚田を1人で耕し、作付し、収穫する老人の姿。
自分の代で終わってしまってもいいという、その潔さにいささか驚いた。
「人の手を離れれば、また原野に戻るだけ」
この言葉の裏に、どれだけの苦悩があっただろうと想像を絶する。
棚田に対する愛情が動作の一つ一つににじみ出ている気がした。

私の親戚も、棚田を営み米を作っている。
棚田百選にも選ばれた、それはそれは美しい風景だ。
だが、今の状況を私は聞く勇気が出ない・・
場所は福島とも隣接しており、放射能の汚染状況を記した地図だけをみても、
素人の私でさえ、目を覆いたくなった。
基準値以下なら安全と言われても、基準値が我々をそもそも不安にさせ、
不信感の巣窟となっている。
以前は新米ができる度に、
ほっぺたが落ちそうな程美味しい新米を送ってきてくれた。
しかし、311の原発事故以降、状況が一変してしまった・・・

私は、祝島のその棚田の老人と、親戚の棚田を重ねて見ていた。
そしてやっと少しだけ、私の拙い頭で理解できた気がした。
福島をはじめ、大切な農地や家畜、海を汚染された多くの農家や酪農家、漁師の方々の苦悩を、
そして消費者との悲しい心の乖離を生んでしまった、この事故の残虐さを。
毎日会見にて目にする東電幹部達の態度は、
事故の甚大さ、放射能汚染の実態の悲惨さを全く自覚していないのか、
その様子に怒りを通り越し、背筋が凍る・・


島民のある年配の女性が言った。
「人間の心理からしたら、原発推進も反対も同じだと思う。
原発が来てから、あんなに兄弟・いとこの様に良かった仲が引き裂かれた。
心はみんなズタズタ・・それが一番残念でならない。」

原発のもたらす「汚染」は稼働前、もしくは建設以前に既に始まっているという事だろう。
突如分け入ってくる札束を握りしめた黒い手・・
その手は人々の心を引き裂き、関係性を歪に変える。
その違和感をこの島民の人々は純粋な魂で敏感に感じ取り、
その相容れなさにもの凄い嫌悪と危機感を感じ、
こんなものが入ってきたら、島も人々も死ぬと、27年余り頑として拒否してきたのだと思う。
また、女性はこうも言う。
「ここは離島だから、陸続きの様にちょっと車で足を延ばして働きに行くという事が出来ない。
島で生きていく為には、海は文字通り「宝の山」。
 海は私達にとって宝です。だから守らなければならない。」
守っているものは、命そのものだという事。
命程、価値のあるものは無い・・だからこそ、人々の意思や結束は固く、志は揺るがない。
毎週月曜日の原発反対デモも欠かさない。
311以降、全国でも原発反対や脱核を掲げるデモが行われている。
一部では、またブームで終わるだろうと囁かれ、1980年代の反核運動の話も時に持ち出される。
しかし、今回は他国で起こったのではない、自国で起こった原発爆発事故だ。
私達は行進をしながら、思いを発しながら、
祝島の人々の様に、今度こそ、強い志でいなければならないと思う。
守るものは「命」。自分の命でもいい、大切な人の命でもいい・・
数々の失われた命を想うのでも、これから産まれてくる命を想うのでもいい・・
自分の感覚で、自分の事として受け止め、考え、歩き続けていく事が大事だと思う。
そして迷った時にはいつでも、この祝島の人々の姿に勇気づけてもらえるだろう。


一方で、祝島は極端に若者や子供が少ない。
老人たちも、自分達が余命いくばくもない事を自覚している。
こたつを囲んで世間話に花を咲かせるのが日課の老人達。
その中の1人の男性がぽそっと言った。
「死に方を選ばせて欲しいね。例えば薬が何種類かあってよ、眠る様に死ねるやつとか・・」
明るくふるまっていても不安なのだと思った。
不安だからこそ寄り添い合う仲間が必要なのだと思った。
今日も、被災地の仮設住宅で60代の男性の自殺が報じられた。
「孤独は死に至る病」という。
老人の自殺は特に、「無縁社会」といわれて久しい現代の闇の象徴の様に感じてならない。
祝島のしっかりと根付いたコミュニティの中で生きている老人たちでさえ、
死の恐怖と向き合っているのだ。
老体で孤独に生きる、というのはあまりにも辛すぎる。
そして私自身にも、そういった老後の不安はこれからつきまとう事になる・・

気心知れた仲間を持ち、共に分かち合い喜びあい、時には喧嘩し泣き、寄り添って生きる。
原発はそんなコミュニティの崩壊すら招く危険性を持っている。
事故が1度起こればなおの事、ここ東京であっても、
人々の心に更なる分断をもたらそうとしている。
いや、もう発生してしまっているのかもしれない。
放射能を不安な人々と、気にしない人々と。
原発問題、核の問題を真剣に考える人と、そうでない人と。
デジタル・デバイドや、認識の違いは、メディアの影響もあると思う。
人とのコミュニケーションが希薄化し、そこへデジタルの波が押し寄せ、
各種メディアへの依存が高まってきたからこそ、
この様な弊害が生まれてしまったのではないか・とも思える。
311以前は、祝島の様な地域コミュニティの復活は、
特に都心においては相当難しいのではないか・と感じていた。
しかし、311以後の数々の各地で繰り広げられるデモや人々の心の流れを見ていると、
ブームで終わらせずに、今後もしっかり継続できたなら、
そうしたコミュニティ的繋がりも、もしかしたら期待できるのではないか・・
それだけ人々にとって、この国にとって、
歴史的、危機的な「大事故」なのだと思う。


祝島の人々で印象的だったのは、とにかくよく笑う事。
過酷なデモを行っている時も、過疎化が急速に進み、未来への不安が拭えなくても、
笑顔と他者への労わりを忘れない。
素晴らしいと思った。
人は最終的に1人で死んでいくが、この島では魂はいつまでも一つなのだと感じた。
それは島が「命」そのものだからだ。
命は命に帰る・・そしてまた次の生命の営みの一つの支えとなる。
島そのものに、生きた温もりを感じる。

田舎の暮らしが全て勝っているという事ではないと思う。
多少の不便さや、単調さは否めない。
都会での暮らしの方が性に合っている・という事もある。
ただ、その魂のあり方や心の有り様は、生きていく上でとても参考になると思うのだ。
命として「生きる」という事はこういう事だよ・と、
祝島のおじちゃんやおばちゃんは、
身体をはって教えてくれている。
私達は一つの限りある命という事に変わりない。
命として、その1回しかない自分の人生を生きるのだから、
悔いが残らぬ様、精一杯歩いていきたいと思うのは、
誰しもの願いではないだろうか。

悲惨な世界的原発事故の渦中にあっても、
一生、放射能汚染に我身をさらす事になってしまっていても、
笑顔や愛しみ、労わりといった心を忘れたくないと思う。
自分の心を真っ先に開き、思い切り泣ける場所を大切にしていきたいと思う。
祝島の人々の姿は、私達の先を歩み、未来を語ってくれている。
これからも大勢の人々の心を支え、励まし続けてくれるだろう。
心から、「ありがとう!おじちゃん、おばちゃん」 と言いたい・・・


PS:祝島に千年以上続くという4年に1度のお祭り「神舞」は本当に美しい。
この島は、神様に守られているといっても過言ではない・・と思った。
形だけではない、魂のこもったものは、いつでもその放つ輝きが違うと思う。

海をじっと見つめる漁師のおじさんの眼差しは、
自然を知りつくし、尊び、自然と共に生きていく志の強さを感じた。

2011/09/09

カウントダウン ゼロ

原子力=核という事をもっと考えたくて、この映画を観た。
恐ろしい映画だった。

映画を観終わって、
青空が、こんなにも綺麗にみえたのは久々だった。
1945年、アメリカが核兵器を持ってから66年間、
この青空の下、何事もなく、泣き笑いできた事が奇跡のように感じた。

かつて、ケネディ大統領はいった。

「我々は糸にぶら下った“核の剣”の下にいる。
 その糸は簡単に切れる。
“事故・誤算・狂気”によって・・」

冷戦時代、一触即発の事態があった。
そして、ずさんな放射性物質の管理によるテロの脅威。
「良いものであるなら、我々が持っても良いはずだ」
ある中東の科学者は言う。
現在、地球上の核兵器は約2万4千発。その96%が、米国とロシアの保有である。

戦慄を覚えた証言は数知れない。
途上国の研究者は言う。「我々は、草を食べてでも、核兵器を作る」
そして米国のある大佐は、
「核戦争が起きて何がいけない?
5億人が死ぬだけだ。生き残った生命はその後も続く」

誤算=コンピューターやヒューマンエラーの脅威も絶えない。
ボタンひとつで何千発もの核ミサイルが発射されるのだ。
そのボタンを押すのは、人間の判断であり、手作業であり、コンピューターに委ねられている。
かつて、ガンの群れが爆撃と間違われた事もあったという。
そのボタンが、必ずしも正規に押されるという事は無く、
むしろ、誤報や誤作動との鬩ぎ合いの中で、
じっと押されるのを待っている。
そうして60年以上の月日を、私達の頭上は過ぎてきたのだ。

ここで、ある東京電力の会見にて、
「ヒューマンエラーは重く見ない」という趣旨の発言を聞いたのを思い出した。
ヒューマンエラー=うっかりミス、
特に極限における人間の判断力は極度に鈍る。
1995年、米国がノルウェーから発射したオーロラ観測ロケットについて、
情報が行き届かず、 ロシアが核弾頭と認識。
当時のエリツィン大統領は、
「我が国は攻撃されています」と発射ボタンを差し出され、
5分で決断しなければならなかったという・・。
幸い、その時は最悪の事態を免れたが、
こうした事は、今でも引き続き起こりうり、
原子力発電所においても、それはいえるのだろうと思う。
そして、その「うっかりミス」を甘く見るところが、
最大のヒューマンエラーであると感じる。
人間は必ず、ミスを犯す・・・

現在、核保有国は9カ国。40カ国以上が核兵器建設の技術を持つという。
ある試算では、簡単な核兵器はわずか700万ドルで作れるとも・・
地図上でそれらの国々が赤く染まっていく中で、日本はその色に染まらずにいた。
だが、日本では今、甚大な原子力災害に見舞われている。
世界で唯一、核兵器を落とされた国であり、核兵器を持たないと宣言した国なのに、
自国の「核の平和利用」であるはずの原発が三機も「爆発」してしまった。
程度の違いはあれ、放射性物質はいまや日本中に広がり、
その驚異と不安の中で私達は生きて行く事になってしまった。
セシウムの量だけでもその数、広島原爆の160発以上だという。
その赤く塗られていく地図をみながら、
悲しく情けなく、やり切れない思いと共に、大きな空しさに襲われた・・・
映画館の中、涙が溢れそうになった。

この空はいったい誰のものなのかと思う。
緑が清々しいこれらの木々も、大地も、川も、海も。
いったい誰のものなのか、わからなくなってくる。
誰ものもでもないはずだし、誰に支配される道理もない。
しかし、人間だけが、それらすべてを支配しようとし、
挙句、消滅さえしかねない力を持つようになってしまった。

現在起こってしまった原子力災害も、人々から生活、人生の全てを奪い、
土地をも死滅させようとしている。
また、まだ産まれてこない命までも脅かそうとしている。
核兵器は「sudden death」、原発は「slow death」
もたらすものの違いはあれ、その本質は変わらない。

2009年、オバマ大統領はプラハ演説にて、「核無き世界を目指す」意向を示した。
 映画の中でゴルバチョフ元ソ連大統領やブレア元英国首相など、
様々な要人が口を揃えて、核兵器廃絶を訴える。
核の脅威を無くすには、人類が核兵器によって滅亡する前に、
核兵器を滅亡させること・・・
もはや、核兵器が国力や抑止力、富の象徴だった時代は終わったと感じ、
ただ「死」だけを包括するそれをゼロにしていく事が世界の流れだと感じた。
だから今こそ、この原子力災害に見舞われ、のたうちまわっている日本であるから、
この流れを継承し、世界をリードしていくべきではないかと思う。
その為の「脱原発」であるということは明白であり、
もっと人々の心に刻まれてほしい理念だと思う。
けっして、ブームや流行りで終わってはならないと思う。

これまで、数々の核・原子力関連の映画を観てきたが、
核の問題がこれほど巨大で、凶悪なものだったのかと絶句する程、
目眩を覚える強烈な内容の映画だった。
「原子力=核は抑止力、それをもたずしてどうする?」
といったある政治家の言葉が頭から離れない。
核は「死」そのものだと感じる。
「死」と手を組んだら、最後に残るはやはり「死」しかないと思う。
私達が今後どういう未来を望み、どう生きて行きたいのか、
本気で考え、行動しなければならないと強く思った。

行く先は霧の中で、まだまだ事態の収束はつかず、
物事を深く洞察をしていけば、途方もない真実に、
地に落ちそうな無力感に襲われる。
だけど、知る事を諦めない。希望を捨てない。
ひとりひとりが信じる事、
そして小さくてもいいからアクションを起こしていく事、
今一番、求められている事だと思う。


※映画【カウントダウン ゼロ】は新宿武蔵野館にて9月22日まで上映されているようです。

あずきと出会った日

街灯の薄靄の中で、
小さな黒い塊が、よちよちと近寄ってきた。
ニィニィ・・・と小さいが力強く鳴いていた。
何か、訴えているようだった。
そして、小さな前足を私の足の上に乗せてきた。
片手で持ち上げてみると、空気のように軽い。
でも、心臓は確かにトクトクと動いていた。

「行こうか・・」そう呟いて、私は子猫を連れて帰った。

あれからもう1年経つのか。

生命はいつかは死ぬ。
産まれるという事は、死ぬという事と直結している。
産まれた瞬間、死に向かっている。

何遍も繰り返し思う。理屈ではわかっている。
でも、悲しみや寂しさは、
理屈ではない。

私はこの悲しみと共にこれからも歩いていく。
悲しみは、あずきが存在した証拠だ。

そのうち、あずきとまた再会できる。
そう信じている。

2011/09/02

みんな一緒 

いつもの、何気ない会話だった。

その日も夜の午前をまわろうとする時間、
森のそばにあるなじみの坂道を帰宅の為に下っていた。
最近、また地震が頻発していた。
ツレの働くオフィス街で直下型の大きな地震が来たらさぞ大惨事だろう・・等と話していたら、
ツレがぼそっと言った。
「死ぬ時は死ぬんだよ。動物達も一緒。
自然に敵うわけがない。みんなそこは一緒だ。」

坂道に沿うようにして生い茂る森をみながら、ああそうか・・と思った。
この地球がたった1回の大きなくしゃみをしただけで、
もしかしたら、人間はおろか、生きとし生けるものすべてが滅ぶかもしれない。
そして、そういう歴史を、地球はずっとたどってきたのだと。

そう思うと、この森の住民たちも、私達の家族である猫達も、
人間も、なんら変わらない存在だということだ。
地球にちょっと、ほんの短い期間を住まわせてもらっている、
間借りしているだけなのだ。
それを、さも我が物顔で支配しようとする人間のなんと、愚かな事か・・

人間は絶えず死を恐れている。
死を思うから、よりよく生きれるのだ・とさえ聞く。
不安が、より慎重な生き方を選択させ、より長く健やかな生に結びつくとも・・
しかし、それは果たして、本当の事なのだろうか。
崇高な事なのだろうか。

猫たちが「明日事故って死ぬかも」とか、
「病気になるのは不安だわぁ」と悩む姿を私はみたことはない。
その日を気ままに、お日様の寝起きと同時に生きるだけ・・。
死ぬ前からじたばた死ぬことばかり考えているのは人間だけじゃないか?と思う。
死はいつでも近くにいる。それは紛れもない事実だ。
だからといって、じたばたしたくない・・

私がそう思うのは、自分の患った「パニック障害」にある。
この病との付き合いはもう10年以上にもなる。
以前、歳を取るごとに症状は緩和していく・
とカウンセラーにきいていたが、そのようでもある。
だが、火種はまだひつこく、無意識の領域で燻っている。
一度、不安に襲われると「死」に直結した莫大な不安が爆発的に増殖する。
「死」それしか考えられなくなる。
じたばたした感情が体中を、虫酸のように走るのである。
そして、目眩や過呼吸、しびれなどに襲われる。
しばらくすると安定し我に返るが、なんでこの様な不透明で不気味なものに襲われ、
大事な時間を費やさねばならないのか、なかば怒りにも似た感情が湧きあがる事もある。
この「不安」を感じさせる「思考」や「感情」などがなければどんなによいか、と思う事もある。
そんな時に、猫達の姿は、常に憧れとしてうつり、
堂々とした崇高ささえ感じるのだ。

本当の危機がやって来たとき、むしろたくましく生き続けるのは、
動物たちの方ではないだろうか。
死を恐れず、生きるために生きるだけ・・
生命の営みを自然のままに続けるだけ・・
そう思うと、人間は決して頂点に立つわけではない・と思う。
人間はむしろ、その脆弱さゆえに、
彼らを支配 しようとすることで、その威厳を保とうとしているのではないだろうか。
人のいじめや差別の構造そのものだと思う。
だから、私達は「飼う」という言葉は避けている。
共に生きるもの、暮らすもの、そして「家族」と言うようにしている。
私達と猫達は、地球にほんの一時住まう、小さな生命の一部である事、
産まれたと同時に、死に向かって生きている事、
それらになんらかわりはない。

だから、動物達を支配しようとしたり、虐待したり、殺めたりする事は、
人間の愚かさと弱さの象徴そのものであると感じる。
「国の偉大さ、道徳的発展は、その国における動物の扱い方で判る。」 とは、
ガンジーの残した言葉だ。
この国はどうだろうか・・。

 生きるための「先生」はありとあらゆる場所にいる。 
空を飛ぶ鳥たち、川を泳ぐ魚たち、屋根の上で眠る猫、大地を走る犬、
…数々の人間以外の生命たち。
押し付けるわけでもなく、説き伏せるわけでもなく、
かれらは静かに、生きるという事で、生の真理を教えてくれる。
もし、人間に救いがあるとしたら、
彼らに生きる真理を見出だすための思慮が、
まだ、残されている・・ということだろうか。