Kyon {Silence Of Monochrome}

Kyon {Silence Of Monochrome}
上記をクリックするとKyonイラストのホームページとなります。ぜひご覧ください。

2010/03/07

webサイト更新しました

webサイト、ギャラリー内・Flowersのページに【束縛】という絵をUPしました。

とても気に入っている一枚です。

是非ご覧下さい。

※当Blog内のAbout My Illustrationのページは、
これまで描いてきた私の絵についての覚書です。
宜しかったら、そちらもどうぞご覧下さい。

音楽が一緒に

電車に乗る時は、すごく空いている時か、とても疲れている時以外は、
あまり椅子には座りません。
窓側に寄り添って、音楽を聞きながら外を眺める事にしています。
特に知らない町の風景は、新鮮な発見があるので楽しいです。

音楽を聞くと、
その3分程の間には、映画1本分の感動があるよね・
と言った友人の言葉が今も印象的に残っています。

時々、外の風景や空の様子等と、音楽が非常に合う時があるのですが、
そんな時はとても気持ちが良いのと同時に、
ちょっとした疑問が生じます。

はたして音楽が風景に意味を与えているのか、
それとも風景が音楽に意味を与えているのか、
それを考え始めると切りが無く、
はっきりとした事はいつも分からないのに、
思考の癖となっているようです。

いつも手軽に音楽が持ち運びでき、
音楽と共にいられる事がより一層増えた今、
時と場所を考える必要は充分にありますが、
それでも、音楽が寄り添ってくれていれば、
自然と寂しさが緩和し、広がる風景も次々と違う表情を映しだし、
多彩な感動を得られます。

小さなバックに、アイポットと本を忍ばせればそれで十分な事もあり、
そんな時間をもっと大切にしていきたいと思うこの頃です。

2010/03/05

癒えぬ思い

幼い頃は、祖父母の家で大半を過ごし、
思い出も、祖父母との思い出の方が多く、今でも印象深く脳裏に焼き付いています。

祖母は言ってみれば、私の第二の「お母さん」のような存在でした。
ですから、20歳になっても、25を過ぎても、
ずっと存在しているのが当たり前のように思っていました。

祖母が80歳を過ぎた頃、入退院を繰り返すようになりました。
入院しては退院し、また病院へと戻って行く。
そしてまた病院から戻って来る時は、以前よりも体調は悪く、
精神的な脆さも辛くなる程でした。
当時、私は実家を出る計画を密かに企てていて、
それを話すと、何故か祖母は大粒の涙を流して、祝福してくれたのでした。
それは当時の、心細く後ろめたい気持ちの私にとって、
最大の救いでもありました。

間もなく、祖母は長い入院に入り、
日増しに病状は悪化していきました。
それでも私はまだ、祖母は死なない、という妙な幻想を抱いていましたから、
祖母を元気づけようと、
日舞を踊るのが好きだった祖母の為に、
その踊る姿を模写して、ベットの近くに飾っておきました。

しかし、それを見た祖母は、涙を流しながら、それをしまってくれ、と言います。
見ているのが辛いんだ、と言いました。
私は愕然としました。

自分の想像力の無さに、一気に砕け落ち、
自己嫌悪の津波に襲われたようでした。

その時祖母はもう、ここから戻れないという事を、うっすらと悟っていたのだと思います。
もう踊りは踊れない・・・そんな思いを私は少しもくみ取ることもできず、
祖母が何時でも「上手だね」と褒めてくれた、
その「絵」によって、祖母を傷つけてしまった。
絵を描く事が、この一瞬、意味なく恐ろしく思えたのです。

それから祖母は坂道を転がるように、あっという間に、
逝ってしまいました。
夏も終わりの日、私にとぎれる息で、「アイスを食べな」と言ってくれたのが、
言葉を聞いた最後でした。


絵を描く事は私の喜びです。そして絵によって救われています。
しかし、このとき程、絵を描く事、それ自体に不信感と、
罪悪感と、 後悔の念を感じたことはありません。
その思いは、時々私を支配し、
絵を描く事について、悶々と考える時間が過ぎて行きます。

2010/03/03

冬の華~Flowers~

都会のビル群はいつ見ても、冷たくて淋しい感じがします。
夏の暑い日でも、冬のような寒さを感じてしまう・・
それは身体で感じる温度ではなく、
心で感じる温度です。

「冬の華」~この絵は、白黒の世界に引き込まれ、ドットやラインを駆使して、
じっくりと1枚の絵を描く喜びを知り始めた私の最初の頃の作品ですが、
そんな思いを描いた作品にも思います。

空は不穏な様相を映し、それは私自身の心模様であったかもしれません。
私には冷やかで閑散として映っていた都会の景色に、
颯爽と歩く、色とりどりの綺麗な女の人達は、
一見して咲き誇る花の様にも見えていました。
しかしよくよく見ると、その人達も何だかただの美しい人形の様しか見えず、
そこは自分にとって異国の様にも感じていました。
今でも、ふっと立ち止まるとそんな幻想に襲われます。

1人でいるよりも、大勢の中にいる方がより強い孤独を感じる事があります。
満員電車に揺られながら、思います。
となりにいるこの人も、あの人も、頭の中では色々な事を考えて、
心には色々な思いを抱えて、それぞれに大事な生活や人生があるのに、
この閉ざされた空間の中では、皆透明なカプセルの中に居て、
他を一切遮断している。
それは、普通に当り前の事なのだけど、何だか考えれば考える程とても不思議に思えて、
群衆の中での痛烈な孤独感が、より一層高まってくるように感じて、怖くなります。

私も含めて皆、温かな鮮やかな血が流れているのに、
体温が一切感じられない冷やかな空間、そんな所にひとりぼっちでいる様に感じます。

そうかと思えば、感情をむき出しにして、ホームで人と人が身体をぶつけ合い、詰りあっている・・
家族でも友人間でも、あのような喧嘩をする事は少ないんじゃないかと思います。
喧騒の激しい都会では、そんなもめ事が少しでも起きない様に、
また自分が傷つかない様に、
やはり1人1人がカプセルに入って、
外の世界を遮断してじっと耐えている方が得策なのかもしれません。

 都会では、「華」はいつでもあらゆる所に咲き誇っています。
しかし、本当の「花」が生きて行く事はとても難しい世界なのだと思います。

2010/03/01

桜三月

ラジオやニュースで、
日本の自殺者は毎年増え、去年も3万人以上の人が亡くなったと聞き、
とてもショックに思いました。
そして、3月は自殺者が最も増える季節とも伝えていました。
主な要因に、会社が決算期に当たることや、
生活の変化が多い時期だからという事があるそうです。

3月は私が産まれた月でありますが、
私はこの月から5月にかけての特有の、
生温かいような空気感がちょっと苦手です。

上の要因にもあるように、私も新入学や新学期、卒業等に伴う変化に
上手く乗れないタイプでした。
友達を作るのも苦手、集団行動も苦手、
しかし、孤独すぎるのも苦手・・
どうしてよいかわからない混沌とした意識の中で、
この時期は必死に耐えていた事が多かったように思います。

私の大好きな井上陽水氏の初期の作品である「氷の世界」というアルバムが好きで、
その中でも「桜三月散歩道」という曲が一番好きなのですが、
歌詞の最後の部分にこうあります。
「町へ行けば人が死ぬ  今は君だけ想って生きよう
だって人が狂い始めるのは  だって狂った桜が散るのは三月」

70年代、高度成長期の真っただ中にいて、
その繊細な神経を、こちらが心配になってしまうぐらいにむき出しに歌い続けていた、
陽水氏の洞察力の凄さに、ただため息が出てしまいます。
そして、時代は変わっても、
人の心のありようはなんら変わらず、
むしろもっと過酷な領域に、誰しもが踏み出さざるを得ない状況にあると思います。


せめて、身近にいる人の心には、
できるだけ気を配っていきたい。
そんな願いにも似たような思いが、胸を痞えます。