2010/03/05

癒えぬ思い

幼い頃は、祖父母の家で大半を過ごし、
思い出も、祖父母との思い出の方が多く、今でも印象深く脳裏に焼き付いています。

祖母は言ってみれば、私の第二の「お母さん」のような存在でした。
ですから、20歳になっても、25を過ぎても、
ずっと存在しているのが当たり前のように思っていました。

祖母が80歳を過ぎた頃、入退院を繰り返すようになりました。
入院しては退院し、また病院へと戻って行く。
そしてまた病院から戻って来る時は、以前よりも体調は悪く、
精神的な脆さも辛くなる程でした。
当時、私は実家を出る計画を密かに企てていて、
それを話すと、何故か祖母は大粒の涙を流して、祝福してくれたのでした。
それは当時の、心細く後ろめたい気持ちの私にとって、
最大の救いでもありました。

間もなく、祖母は長い入院に入り、
日増しに病状は悪化していきました。
それでも私はまだ、祖母は死なない、という妙な幻想を抱いていましたから、
祖母を元気づけようと、
日舞を踊るのが好きだった祖母の為に、
その踊る姿を模写して、ベットの近くに飾っておきました。

しかし、それを見た祖母は、涙を流しながら、それをしまってくれ、と言います。
見ているのが辛いんだ、と言いました。
私は愕然としました。

自分の想像力の無さに、一気に砕け落ち、
自己嫌悪の津波に襲われたようでした。

その時祖母はもう、ここから戻れないという事を、うっすらと悟っていたのだと思います。
もう踊りは踊れない・・・そんな思いを私は少しもくみ取ることもできず、
祖母が何時でも「上手だね」と褒めてくれた、
その「絵」によって、祖母を傷つけてしまった。
絵を描く事が、この一瞬、意味なく恐ろしく思えたのです。

それから祖母は坂道を転がるように、あっという間に、
逝ってしまいました。
夏も終わりの日、私にとぎれる息で、「アイスを食べな」と言ってくれたのが、
言葉を聞いた最後でした。


絵を描く事は私の喜びです。そして絵によって救われています。
しかし、このとき程、絵を描く事、それ自体に不信感と、
罪悪感と、 後悔の念を感じたことはありません。
その思いは、時々私を支配し、
絵を描く事について、悶々と考える時間が過ぎて行きます。