深夜の番組。
福島県が原子力と歩んできた経緯のドキュメントを短く放映していました。
素朴で人柄のよさそうな町の人々、お年寄りが出てきて、
インタビューに答えている。
原子力発電のおかげて雇用が生まれ、財政も潤った。
当時町の人の4分の1が、原子力発電従事者だったという。
バスで仕事に向かう姿が映し出される。
安全だと信じてこれまで歩んできたのに・・
現在被災された方々の声が胸に突き刺さる。
東京のバブル期の都心の映像がながれた。
まるで宝石をちりばめたかのような煌びやかな町。
眩しすぎる程のネオンや灯りは今もそんなに変わっていない気がする。
東京はその電力の殆どを東北などの原子力発電からまかなっているという。
福島の原発が人々の犠牲と共に生み続けてきた電力も、
私達東京に住む者たちの為のものだった。
今この状況に私は憤りを常に感じている。
今まで知ろうとしなかった自分に、そして事実や真実を知らない人もまだ大勢いるだろう。
結局、大事な事は報道されないまま、
時が絶ち、また私達は元の闇の中にもどってしまうのではないだろうか。
それではいけない気がするし、この国にとっても危険だと思う。
気付けば見えてくる。見ようとすれば、どんどんと見えてくるものだ。
私が今まで何も考えずに湯水のように使ってきた電力。
それが何なのか自分の中ではっきりとしてきた以上は、
停電になってももう文句など微塵も言う気はないし、
小さな灯りの中で暮らすのも、私にとってはむしろその方が精神衛生上に良い。
心配なのは夏場だが、その対策も今のうちに情報を入手し知恵を絞ればなんとかなると思う。
宮城 仙台は私の大好きな祖母の出身地でもある。
だから震災関連の報道には常に耳を傾けている。
震災から11日たったが、テレビは通常番組が枠を取り戻してきた。
だが私の心は震災と原発に粉々にされて、日常にはもう当分戻れない気がする。
なので、本当の情報、事実、真実をあらゆるメディアから日々掘削している。
今回初めてツィッターを活用するようになった。
デマなどには注意が必要だが、
そえでも有意義な情報の宝箱の様に思う。
新聞にテレビ、ラジオ、ネット・・・・情報の選択肢はこの時代多く持っていたほうが良い。
そして自分の判断で取捨選択していけばよいと思う。
今日は久々に雨が降り、寒さも増している。
被災地は大丈夫だろうか。
被災されている方々の健康は大丈夫だろうか。
また原発で命がけで作業されている方達は大丈夫だろうか。
無力すぎる私には何も出来ないが、
せめて節電、質素な生活、そして現実と真実を知る為のアンテナはいつまでも頭のてっぺんに立て、
知る事見る事を恐れないよう、踏ん張りたいと思う。