Kyon {Silence Of Monochrome}

Kyon {Silence Of Monochrome}
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2010/01/06

映画の話

年始に借りて見たDVDで、とても心に残った作品があります。
C・イーストウッド監督の「グラントリノ」です。
前々からその評価の高さから見よう見ようと思っていたのですが、
この機会にじっくりと見ることができました。
そして、「百聞は一見に如かず」、噂以上の作品でありました。

海外の映画を見るといつも感じるのですが、
宗教や人種の問題、戦争の後遺症の問題等は、
本当に理解しようとすると、とても難しいということです。
私の勉強不足や、想像力の乏しさも原因しているのでしょうが、
それ以前に、この国のこの町に住んでいて、まず実感として感じ得ないことなので、
私には理解するのがとても難しいのです。

この映画にも、アメリカの実像として、それらのシーンは沢山出てきますが、
それ以外に、日本でも直面にしている老いと家族の問題や、老人の単身化、
地域社会の問題なども含み、
「人間として生きていく上での不可避な問題」を取り上げていたので、
国や生活様式は違っていても、
背負う問題は同じものがあるんだと、共感できる部分が沢山ありました。
切り口を変えれば、いくつもの違った問題やストーリーが見えてくるのです。

「そうか」と思ったシーンは、
モン族の食事会に、主人公のウォルトが招待された時のことです。
美味しい食べ物に段々と心を許していく主人公に、
「美味しい食べ物の前では人は笑顔になる」という通説を、
確信したように思いました。
映画におけるフード理論提唱者の方が以前ラジオでお話しされてましたが、
良い映画には良い食事のシーンがあり、食べ物を大切に扱っているとのこと、
なるほど、と思いました。
私は家事の中で、食事を作るのが大の苦手なのですが、
これからの人生において、食べ物への思いをちょっと考えなおさねば、とも思います。
同時期に「スーパーサイズミー」というドキュメンタリー映画も見ているので、
なおさら・です。

そしてウォルトが愛車を洗車して満足そうに眺めているシーン。
愛車のグラントリノは、主人公のアイデンティティであり、心の拠り所であり、
良き日々の象徴であり、宝物であり、誇りである。
こういうものを一生のうちに持てるか持てないかで、
心の在り方は随分と変わるのかもしれないと思います。
さて、私には何がある?と問うた時に、
「家族」以外に思いつくとしたら、やはり「描くこと」でしょうか。
それは、高価であったり誰に相続するものでも無いけれど、
やっと描けた絵1枚を眺めて思うことと、
主人公が磨き上げた愛車を眺めている時に思うことと、重なる点が有る気がします。

細かい絵を描いていますから、
そのうち身体的に描けなくなる日も来るでしょう。
でも、その「大切な日々」を眺めながら、
懐かしい気分に浸るだけの日々が来ても、
それはそれで、幸せなのかもしれません。


この映画では、感動した・とか、良い映画だった・というよりも、
深く考えさせられる点がいくつもあったということが、私にとって魅力でした。

両親の老いが更に現実味を帯びてきた時に、私はどう対処するのだろう
連れ合いはいるけれど子供は無く、このまま生きていくとどうなるのだろう
単身になった時、地域コミュニティとはどう接している?
孤独で命を断とうとする老人がいる、長生きしてごめんねという老人がいる・・
そんな社会はけして健全とは言えない

暴力は、更なる暴力と憎しみしか生まない
温かく美味しい食は、人と人との繋がりを豊かにする
良き師が若い頃私にも大勢いた、そしてその人たちが私を育ててくれた・・

そして、私にとっての「グラントリノ」は?


こんな思いが見た後に走馬燈のように 頭に広がり離れません。
当たり前の様な問題、事柄だらけですが、
気付くことと、気付かないまま、あるいは気付いても無視し素通りしてしまうかでは、
これからも生きていく上で、それは大きな分岐点に思えてなりません。